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「石楠」後半  月並研究会 その1



九 「石楠」後半(大正六年~七年)
 月並研究会 その1

大正六年六月五日、先頃亡くなった坂本四方太の遺族のことで
ホトトギス社に来た大須賀乙字は、
そこで誘われるまま「ホトトギス」の月並研究会に参加しています。
「月並」とは、元々「毎月」「月ごと」という意味ですが、
旧派俳諧の人達が月に一度、月次(つきなみ)会を催していたことから、
正岡子規がそういう旧派の俳諧そのものを「月並俳諧」と呼ぶようになり、
それが次第に平凡でつまらない句を「月並」というようになった、
っていう経緯らしいです。
高浜虚子は大正五年六月から「月並研究会」を催し、
その記事が随時「ホトトギス」誌上に掲載されました。
この六月に乙字が参加したのは、第十二回の研究会だったと思われます。

さて、
当時触るものみな傷つけた大正のギザギザハートこと、大須賀乙字ですが、
この席でも例の通りに歯に衣着せぬ批評をするわけです。
しかも、虚子大先生の句。
 蛇逃げてわれを見し目の草に残る 虚子
の句について、
弟子達の面前でこれにダメ出しして、
「蛇逃げて」は「蛇逃げつ」にした方がいいとか言ったのだとか。
後年、乙字を回想して
虚子を倒さなくちゃいかん、虚子を倒さなければ俳句の革新は出来んといって
私を目の敵にして議論したのだと云ふことだが、私はあまり其文章を見なかった

と言った虚子ですが、
さすがにこの日は我慢できなかったようで、
一枚の画を残してます。
「虚子の墓」と書かれた石塔から両手を突き出した幽霊が飛び出している絵で、
その幽霊に「乙字サーン」と言わせているという。
そして、
蛇逃げての句と六月五日の日付が書かれてます。
ユーモア溢れる筆致で、珍品という言葉がぴったりな俳画だろうなと思うんですが、
この俳画が世に現われることになった話が面白いと思ったので、
次回はその話と、二度目の乙字VS月並研究会について書きます。

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 2015_04_19


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