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亜浪「石楠」  東京音楽学校 その2



  八 亜浪「石楠」(大正三年~五年)
 東京音楽学校 その2

大正五年に大須賀乙字が勤めだした東京音楽学校。
大正九年の一月に乙字が没するまで、ここで教職についてました。
さすがに、音楽学校だけあって、
作詞や外国の楽曲の訳詞も多く頼まれて
それに少なからぬ時間を費やしたのだとか。
乙字が手がけた作詞や訳詩のほとんどが、
残念ながら現在ほとんど歌われないらしいんですが、
その中で、現在も歌われている校歌があるらしいです。
それが山梨県立日川高校の校歌。
戦前の校歌と戦後の校歌が変らない学校というのは全国にも余りないみたい。
その一番をここに紹介します。

山梨県立日川高等学校 校歌
詩 大須賀乙字
曲 岡野貞一

天地の生気甲南に
籠りて聖き富士が根を
高き理想と仰ぐとき
我等が胸に希望あり


日川高校では「天地の生気」と呼んで親しまれているようで、
昭和六十年に発行された同校の同窓会会誌『同窓だよ!』第二十三号には、
校歌「天地の生気」についての特集が組まれてます。
それによれば、当時の音楽教諭が東京音楽学校の卒業生で、
恩師の岡野貞一に作曲を依頼したらしい。
大正五年に東京音楽学校に乙字が赴任してきたので、
岡野が乙字を推薦したのではないかということでした。

さて、乙字の東京音楽学校での出来事の中のいくつかは、
今後紹介する乙字のエピソードの中で触れることもあるかと思います。
なので、
それとはあまりリンクしないエピソードを少し紹介しておきます。

まずは、昭和九年に書かれたの高浜虚子の『俳談』から。
乙字が虚子のところへ来て、こんな話をした、というものなんですが、
東京音楽学校に池内という能楽の権威が見えたことがあったとか。
この池内氏について、はっきり名前は書いてないけど、
池内信嘉氏のことみたい。虚子のお兄さんですね。
で、乙字がその池内氏と対面することになったんだとか。
私は大須賀という者で、
俳句の方ではあなたの弟さんと知り合いなんですよ
みたいな事を言おうとしたときに、
「令弟の虚子……」まで口にした瞬間、
「先生」と続けようか「さん」と続けようか迷って、
ついに思い切って「虚子君」と言ってしまったことがある、
言ってしまってから、脇の下から汗がタラタラ流れた、
という話を、虚子本人に乙字がしたらしいです。
乙字は可愛いところのある男でしたよ。
から始まって
稚気と云ふか、正直なところがある。
で終る虚子の文章なので、
虚子としても笑い話として心に残ってたみたい。
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 2015_03_24


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