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亜浪「石楠」  碧梧桐句集 その1



 八 亜浪「石楠」(大正三年~五年)
碧梧桐句集 その1

大正五年の二月、大須賀乙字は「碧梧桐句集」を編纂出版します。
前年の事件があって、完全に乙字と河東碧梧桐とは断絶した筈なんで
ちょっとびっくりですが、
まあ実際、
当時の俳壇でもこのニュースは驚きを持って迎えられたらしいです。
これからまたしばらく経ってからですが、乙字が大阪へ行ったときも、
この「碧梧桐句集」の話題が出たんだとか。

この句集の刊行については、二つ面白いエピソードがあるんですよね。
『わが心の俳人伝』(河内静魚)によれば、
大正四年に碧梧桐句集の編纂を書店から依頼された際に、
碧梧桐が乙字を推薦した
という話が
塩谷鵜平宛の碧梧桐書簡にあるらしいんです。
何月の書簡なのか、その前後はどういう感じだったのか
が分からないので何とも言い難いんですが、
とにかくもともとは碧梧桐からの推薦があって、
それを受けた乙字が約束どおりに編纂したということなんだとか。
大須賀乙字という人は、
約束とかそのあたりのわりときっちりした人だったらしいんですが、
碧梧桐的にはどうだったんでしょうね。
「あれ?あの話まだ生きてたんだ…」
とか思わなかったのかな。出て当然、と思ってたのかな。
「層雲」の荻原井泉水の句について激しく批難しつつ、
その当人の結婚には骨を折ったのとは逆に、
海紅堂での事件について激しく碧梧桐その人を批難しつつ、
丁寧に秀句を集めて句集を編纂したというのは不思議でもあり、
乙字らしいエピソードとも言えるかも知れませんが。

この「碧梧桐句集」の序において、乙字は
子規の歩んだ跡を最も正直に歩つて行つた者は碧梧桐である。
感覺の鋭敏さに於ては碧梧桐は稀有の人である

調子のうまいことも碧梧桐の特色に數へなけらばならぬ
と、手放しの褒めようです。しかし
四十三年以後になると、殆ど拾ふ可き句がない。
俳人碧梧桐を再び見ることは出來ないと思ふ。
信に惜しいことである。其故にこれは序文にして弔文である

と結んでいるわけです。
そこまで言い切るところが乙字らしいところでもあるんですが。

それにしても
「新俳句」「春夏秋冬」「ホトトギス」「日本新聞切抜帳」
「続春夏秋冬」「蚊遣草」「日本俳句抄」「新傾向句集」
と採録するためにあたった句集も膨大。
敬愛やまなかった頃の碧梧桐の句を、
今でも大切に思っている証拠だったのかも。

もう一つのエピソードは次回。
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 2015_03_15


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