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碧梧桐との訣別  「海紅」創刊 その2



七 碧梧桐との訣別(大正元年~四年)

 「海紅」創刊 その2


前回の続き。
一度は自分を大絶賛してくれた河東碧梧桐に反旗を翻し、
自分たちだけで、新しい俳句、詩の道を模索していたはずの
中塚一碧楼が、
再び碧梧桐や大須賀乙字と一緒だったのか。
ほぼ、『大正俳壇史』(村山古郷)から。

大正三年十一月、
碧梧桐宅である、通称海紅堂へ
突然、一碧楼が訪ねてきます。
ここで、玄関に出たのが、
たまたま海紅堂へ来ていた麻野微笑子。
慌てて奥の部屋の碧梧桐へ、一碧楼の来訪を告げるんですが、
ここできっぱり
碧梧桐は一碧楼に会う事を拒否。
今までの流れからすると、
碧梧桐は、わりと人間関係の機微に淡白というか、
来る者は拒まず去るものは追わず
という人のような気がしてましたが、
さすがに、手痛く反旗を翻されて四年、
なんの連絡もなかった男なので
すぐには受け入れがたったのかも知れません。
微笑子にしても、
すぐに碧梧桐の門へ戻ったとはいえ、
一度は一碧楼と共に碧梧桐に背を向けた過去があるので、
師にしつこくとりなすことも出来ず、
かといって、一碧楼を追い返すことも出来ず。
で、仕方なく、微笑子は一碧楼と一緒に海紅堂を後にするわけです。
食事をして、活動写真を見て、
現在の一碧楼の生活ぶりや句作のこと、
そんなことを色々と聞いた微笑子は、
まあ、とりあえず、もう一度先生と会って相談したほうがいい
という結論に至ります。

その頃の一碧楼の生活は、
その日その日を食べて行くのが精一杯の中で、
俳句を作っている、というような感じ。
若山牧水の「創刊」にも
賭博でもよい滅法勝つて女をアツと云はせたき夜かな 一碧楼
叱りつくれば女は荷物の如く蹲り秋夜詮なし 一碧楼
などの句が載ってるらしいです。
ちなみに、それらの句の署名は「直三」だとか。
しかし、どうにも壁に突き当たって動けない。
だんだんと碧梧桐が懐かしく慕われて来て……
というのが、思い切って訪ねてみたところのようです。
もともと俳句を詠んでいたわけではないらしいんですが、
この頃には、
妻たづ子も田村田鶴子の号で俳句を詠んでます。
妾(わたし)の悪事、世間(ひとびと)の擽り、けれど私の時雨かな 田鶴子
貧乏して逃げる男かはいく、林檎食ふ 田鶴子
玉の輿に乗りたいと思ふなまぬるき冬の宵 田鶴子

これまで、乙字の妻、井泉水の妻の句なども
ここに挙げてきましたが、
三人とも、ちょっと驚くぐらいドキッとする句だなあ。
のんびりした普通の奥さんの暮しをしていた人たちではないから、
かも知れません。

まあ、とにかく微笑子は、海紅堂にもどって、
碧梧桐に、一碧楼に会ってやってほしいと頼み込みます。
そして、碧梧桐と一碧楼は再会を果し、
二人は、また師弟関係を結びなおしたわけです。
まあ、
現在の貧困生活への同情もあったかも知れませんし、
母親からの仕送りで食べていると聞いて、
生活の自立も出来ずに何が芸術かと叱責もしたらしいですが。

あー、また大須賀乙字の話まで届かなかった。
次回で、そろそろ
「海紅」創刊まで行きたいです。
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 2015_02_15


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