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碧梧桐との訣別  亜浪来訪



七 碧梧桐との訣別(大正元年~四年)
 亜浪来訪

さて、話はまた、大正三年にもどります。
この年、「懸葵」七月号に、大須賀乙字は「俳壇復古論」を発表します。
これは、
自然が感情の象徴となるとき、あらゆる自然は季題足り得る。
井泉水のような無用論者も、
虚子らのような人為的にその連想を限定しているのもいけない。
季題の感想が不定であった古に帰らなければいけない。
芭蕉へ帰らなければいけない、
とする論です。

この「俳壇復古論」に感銘を受けたのが臼田亜浪。
もともと虚子に俳句を学んでいたらしいんですが、
新聞記者の仕事と病気のために俳句から遠ざかってたとか。
療養中にたまたま虚子と出会い再び俳句を志したはいいものの、
当時の「ホトトギス」や虚子には失望。
そんで、
その頃知人から勧められた「俳壇復古論」にたちまち傾倒した、とか。

乙字の下宿が、彼の住む四谷の隣町になる右京町だと聞いて、
すぐに亜浪は乙字の家を訪ねます。
あいにくその日は乙字は不在だったんですが、
翌朝、乙字から不在のお詫びの使いがやって来て、
その日の午後には会える段取りに。

当時、乙字は、妻千代を実家で療養させてて
一人で生活してたわけですが、
そんなこともあってか、
亜浪の目には、
家は何となくがらんとしてて、
乙字本人は棒鱈のようだと映ったとか。
棒鱈!
この間の、荻原井泉水の結婚の写真を思い出すと、
井泉水の後に、棒鱈が立ってると思えませんか。

まあ、
さすがにそれは口に出さなかったんでしょう。
いや、そう言ったとしても、
乙字は気にしなかったかも。
俳句論に関する事以外では、
非常に温厚な人だったらしいですので。乙字は。
信州の亜浪と東北の乙字、
情熱的で自然と郷土を愛する二人は直ぐに打ち解けたとか。
乙字の私生活の話を聞いては同情し、
俳論を語り合っては共感する二人なのでした。

『乙字書簡集』を見ると、
この年十月だけで
乙字は三通も亜浪に長い俳句について綴った手紙を出してるのがわかります。
それを見ると、
亜浪からも手紙を書いている事や
もちろん直接会っていることなどが窺えます。
家、近いですからね。
という感じで、二人は急速に親密になっているのでした。

十一月には亜浪は石楠社を興し、
第一回句会を開きます。
出席者は乙字亜浪の他、風見明成、吉田冬葉、
亜浪に「俳壇復古論」を勧めた大西一外らの二十名以上。
他に、瀧井折柴(瀧井孝作の俳号ですね)や中塚一碧楼の名前もあります。
一碧楼がここに参加している理由
になるかどうかはハッキリわかりませんが、
今後、その辺りにも触れていきます。
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 2015_02_03


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