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碧梧桐との訣別  井泉水の結婚 その1



七 碧梧桐との訣別(大正元年~四年)
 井泉水の結婚 その1

「層雲」を立ち上げた荻原井泉水ですが、
大正元年は、井泉水にとって、大正俳壇にとって、
もっと大きく出て、俳句史において、といってもいいかなぁ。
エポックメイキングといえる年だったと思います。
それは、
「無季俳句」の誕生。
それ以前からも、「有季か無季か」という議論はあったみたいですが、
ハッキリと「無季」を志向したのは、
多分、この年の井泉水が最初だったと思います。

それは、大正元年十月、
秋田県の俳句大会に招かれて、東北の旅に出た折のことです。
大会では
町を見下ろすに蜻蛉飛ぶ葬列も行く 井泉水
算盤鳴らして戻る子や柿に日も斜 井泉水
などの句を出したらしいです。
ちゃんと季語有りです。

大会の後、一緒に大会に呼ばれていた登米の安斎桜磈子らと
十和田に向かいます。
途中の大湯村で合流した数人の俳人たちの中に、
大湯村で鍛冶屋をしているという小魚っていう人がいて、
その小魚さんが、井泉水に揮毫を求めたんだとか。
で、こんな山奥の村で鍛冶で生計が立てられるものなのか…
それにしても村ではなかなか人に知られた人らしい…
とか、
もーコレだから都会っ子は
と私だったらちょっとおかしくなるような
そんな思いを抱いていた井泉水は
逢へば山人の君知れり松明負ふ人も 井泉水
という、昨日作っていた句を半折に書き付けます。
それを見ていた小魚氏が、
先生、この句はどこに季題があるんですか?
と尋ねて、
そこで初めて、井泉水はこの句に季題がないことに
気が付きます。
今まで、季題を一句に詠みこむ、という程の意識もせずに
自然に季題の入った句を普通を作っていた井泉水。
句帳を見ると、
他に
柴負ふ人に辞儀せらる君と山深し 井泉水
という句も書き付けていたけれど、こっちも季題はない。
小魚氏に季題のないことを指摘されて狼狽しつつ、
ピカリンと閃くものがありました。
本当の自然の印象から作った句であるならば、
季題があろうがなかろうが、どうでもいい。
印象こそが大切なんだから。

十月中旬に東北の旅から戻った井泉水は、
同じ十月の二十七日、今度は甲斐の峡中俳句大会に出席します。
大会が終って、懇親会。
記録によると、この懇親会で初めて、
季題揚棄説を発表したことになっている、
というようなことが村山古郷の『大正俳壇史』に書いてあります。
ちなみに、今回の記事のほとんどが、この『大正俳壇史』からの
情報です。

あれっ。
「井泉水の結婚」という題だったのに、
全然結婚話に辿り付けなかった。
大須賀乙字も登場しないし。
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 2015_01_27


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