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妻千代について  大正三年


六 妻千代について
 大正三年

大正三年四月、大須賀乙字の弟敏が亡くなります。
明治四十四年の六月に結婚し、同じ年に発病した、
と、以前に書いた事がある、敏です。
大正二年の秋に、乙字は
  病弟を思ふ二句
 蠹払ひし疲れ紛れしか秋晴に
 画境なき汝れ風萩に魂揺らん

という句を作ってます。

敏は、発病してから仙台の実家で家族と共に療養してたんですが、
大正元年に父も亡くなって、敏も亡くなってしまったので、
仙台の大須賀家には、二十四歳になる敏の妻と三歳のその娘が残されます。
どういう話でかは分かりませんが、
二人はそのままこの大須賀家に暮すことになります。
母屋を人に貸して、
若い未亡人と幼い娘は離れに暮すことで生計の道を立てるんですが、
家長は東京に暮す乙字で、
家の維持費や、その他色々なこと、
何かと母子は乙字を頼ってたらしいです。

一方、前年の五月から東京で病気と戦っていた乙字の妻千代ですが、
大正三年六月、とうとう湊の実家へ帰すことになります。
帰すって言っても離縁するという意味ではありません。
文字通り実家に帰って、そこで療養するという意味です。
長男精一も、母と一緒に湊で暮らすことになります。

八月、乙字は仙台で父母、弟の墓参りを済ませた後、月山登山をします。
廣い平原をてらす景色をながめて妻子のことを思ふ感慨無量也。
明日はいよいよ月山登りだ

と千代に旅信を送り、
帰りは直接湊の妻を見舞ってます。

このころ御飯がたべられますから、すぐ肥るでせう。ほんとうにこの頃は月がようござんすわね、だけど私なるべく月を見ないようにしていますの、何だか引入られるやうに悲しくなりますのよ。
私がねたまに起るものですから、精一は大喜びです

人生と表現ありがたうございます。早速月山登山だけ見ました。随分誤植がありますのね。『山上一帯は凝ったやうな綿雲に覆はれてゐやす』とありますね、私おかしくて、思はず噴き出しました。あんな真面目な所へ膝栗毛か何かのやうにゐやすなんて、ゐますの間違ひですけれどね、本当におかしうござんしたわ
精一はね毎日毎日四ち谷へ行きたい行きたいお父ちやんどうして来ないのって申しますの
これらは、千代が乙字に書き送った手紙の一部。
文中の「四ち谷」は、
この年の九月に、乙字が下渋谷から四谷区右京町に転居しているので、
そこの事だと思われます。
乙字もまた、湊の千代に多くの手紙を書き送ってて、
これらの手紙は、『乙字書簡集』にも掲載されてますが、
千代からの手紙については、
『大須賀乙字伝』の巻末付録「乙字に送つた病妻千代の手紙」
で読むことが出来ます。
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 2015_01_13


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