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妻千代について  大正二年


六 妻千代について
 大正二年

大須賀乙字の最初の妻千代は、
結婚後に医者から見立てられたとおり、
人より肺が弱かったらしい。
大正二年の四月に、小康を得て東京に戻って来たんですが、
五月には、また発病してます。
当然ですが、
明治四十四年に産まれた長男の精一も、千代と共に移動します。
ということで、この頃、幼い精一の世話は、
乙字がけっこう手伝っていたみたい。
昼間は教師としての仕事、
帰ってからは病む千代の看病と、息子精一の世話。
汽車や兵隊の絵を描いてやったり、寝かしつけたり、
夜中は精一のおしっこの世話に起きたり。
その時間を縫って、俳論を書く日々だったみたいです。
この間虚子の句評を或雜誌へ談話記事に話しやり候へ共随分思い切って惡口をいひやりあとでチト氣になり申候
一度感心すれば日夕諷誦感嘆やまず、さる代りには氣に入らぬ時は之を嫌ふのみならず、ニクゝテニクゝテたまらぬなり、クヤシクテクヤシクテたまらぬなり、果てはボロボロ涙を落す。其結果筆を執れば峻烈に罵い倒去るを常とす。アアこれ小生の惡癖ノミ
など安斎桜磈子宛の手紙で赤裸々に綴ってます。

ちなみに、「乙字句集」にある大正二年の句は二十句ほど。
評論や俳論は二十七ほど書いているようです。
この評論が、自身でも思い当るほどに激しくなってたみたい。
この頃を「泥の中を藻掻き行く」ような生活だと、
岐阜の塩谷鵜平に書き送ってもいます。
また、
この頃の千代の日記があるんですが
この頃は頗る神経過敏になって、烏の鳴くのも気になる。この日記を書きながらも遠からず形見となるのぢゃないかと思って見る。然し決して死にたくはない。せめて精一が十八九歳までは生きたいと思ふ
と、こちらも胸に詰るものがあります。
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 2015_01_11


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