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はなのいろは六音だったとか気がつかなかったし


<<激長注意>>

週刊俳句 Haiku Weeklyに
「はなのいろ」はうつりにけりな
昔と今の字余り

という佐藤栄作さんの記事があって、
なんか昨日から考え込んでます。

百人一首でおなじみの

花の色は
うつりにけりな
いたづらに
わが身世にふる
ながめせしまに

小野小町の歌ですが、これの初句
はなのいろは
が六音で、字余りということになるそうで。

あー、言われてみればたしかに六音だわ。

わたしの百人一首で絶対これは取るよ!
って札は
かぜそよぐ~
(取り札に「みそ」って書いてあって、さがしやすいから)
えかきもり~
(取り札に「ひる」って書いてあって以下略)
ちぎりおきし~
(取り札に「いぬ」以下略)
と、
ゆうされば~
(昔読んだ何かに、しもやけで足がパンパンになるのを笑われた子供が「あしのまろいのは××の○ちゃん」って囃されたとかってあったので、なんとなく親しみを持ってる)
なので、逆にこういう有名句はまともに覚えてなかったり。
あ 「いぬ」の歌も六音だわ。

しかし、
そういわれても、
全然字余り感が湧かないんですよね。
「はなのいろは~うつりにけりな いたづらに~」
みたいに、
何か独特の節つけて読んじゃうから。
字余り部分も伸ばした中に普通におさまっちゃうからね。

そいじゃ古い和歌じゃなくて近代短歌だったらどうなんだろう。

なみだなみだ
不思議なるかな
それをもて洗へば心戯けたくなれり 石川啄木


初句の六音自体は気にならないけど、
結句の八音はちょっと気になる感じがします。

知らぬ家たたき起して
逃げ来るがおもしろかりし
昔の恋しさ 石川啄木


こっちの結句の八音はそんなに気にならない。
佐藤さんの書かれているように
「ア行音効果」
なのでしょうか。
それとは別に何か解明されるべき仕組みがあるのか、
単純にわたしの感覚の好き嫌いだけなのか。
うーん。

蛇足ですが、
この歌を百人一首調に節つけて読むと
違和感すごいっすね。


この佐藤さんの記事にある八拍説ですが、
現在とある幼稚園で
園児さんたちに俳句を教えに行っている
うちの父親によりますと、
彼もまた八拍説支持者で、
園児さんたちに俳句を教える時に、
まずみんなで手を叩いてリズムを教えてるらしいです。
○○○○○・・・
○○○○○○○・
○○○○○・・・
(○で手を叩いて、・で休む)
これが結構有効らしいですよ。
リズムを体感で覚えられるらしいです。

さて、俳句における字余りについても
ちょっと
って、気がついたら既に記事が長すぎですね。
でももうちょっと続くんです。

大須賀乙字が活動していた頃の前後数年ぐらい、
つまり正岡子規没後~大正10年前後。
この頃の俳句は、
もちろん基本は五七五だったようです。
が、現在よりも字余りに対するタブー感は薄いみたい。

句の良し悪しは別として
けっこう登場します。
凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり 虚子
とか有名ですよね。

上五にあたる部分が
おおよそてんかにきょらいほどの

中七下五で
ちいさきはかに・まいりけり
上五長いわ。
八拍説とかぶっとんじゃうわ。

「凡そ天下に」の部分は前書にしろよ!
一般人にはちょっと手が出せないミラクル技があるでしょう。
「ザ・前書でちょっと俳句の背景を説明しちゃうネ」
の技が!
と、
思わないこともないけど。
ちょっとした遊び心だと言われればそれはそれで頷けるし、
この大仰に構えた上五が虚子の去来に寄せる思いの発露だといわれれば、
ふーん、そうなのかとも思えるし。
面白いからいいよね。

この他にも割と字余り句は散見されると思います。
大体正岡子規だって
俳句は五七五の十七音という決まりだから守るべし
とは言ってない。

乙字なんて、句集の半分以上が字余りっぽいもんね。
というか
場合によっては五五七、七五五でもよいのである。またあるいは四六八でも八六四、八四六等でもよいのであるが、八は音脚に分かてば、二六、三五等になり、かつ音脚相互は密接に膠着すべき国語の性質上、これらの変化は五七五と大差なく読まるるのである
とか言ってるぐらいですから。

量も多いけどその種類も豊富。
これはもう
よく言えば自由闊達
悪く言えばやりたい放題だな、オィ
という感じ。

上五が字余りパターン
西ゆ北へ雲の長さや夕蜻蛉 乙字

中七が字余りのパターン
火遊びの我れ一人ゐしは枯野かな 乙字

下五が字余りのパターン
峰の線さやかに赤城秋晴れたり 乙字

上五中七がそれぞれ字余りのパターン
雲の白さ噴煙と分つ初夏の空 乙字

中七下五がそれぞれ字余りのパターン
竹むらに冬日こんこんとさす一村 乙字

上五下五がそれぞれ字余りのパターン
樵り廣めし山道を行く三日の月 乙字

もう何が字余りなのかと言えば全体というパターン
峠踏みもこれきりの殘雪となりぬ 乙字


さて

明治半ばに正岡子規が俳句革新運動を始めて、
大正、昭和と様々な俳句革新のがんばりがあって、
今もう平成も四半世紀過ぎてますよ。

それだけの時間と人の手を経てきて、
俳句は季語一つ入ってて、五七五の十七音が定型なんですよって
定着してるのは、
月並俳諧の呪いだとか
高浜虚子のがんばりすぎた結果とかでは
ないと思います。

日本人のDNAに刻まれた、とかいう与太話はおいといても
なんだかんだいって
日本語のリズムに丁度合うんでしょうね、五と七って。


あれ?
なんかだから何なんだという方向に向かっちゃった気が…
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 2014_09_01


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