スポンサーサイト

Category: スポンサー広告  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 --_--_--


冷たいお弁当の話


わたしが
よく伺わせていただくブログの一つ、
おたまおばさんの谷中・根津・千駄木散歩
この記事にブログ主様のコメントがあって、
それについて、
つらつら考えていたら、
ちょっと書きたいことが出来ちゃいました。
以下がそのコメントの一部になります。




冬は、お弁当は冷たくて美味しいとは言えませんね。
これなら、カップラーメンの方が美味しいのでは?と思います。
(それでも、昼もせわしなく電話があるので外に出るのは無理・・・)

今日も、冷たいお弁当を食べながら、11月、12月の栴檀東京句会で勉強したことを思い出して見ました。

1、AとBの取り合わせで詠む。
2、主観は述べない。
3、説明、報告はダメ。
4、写生、即物具象する。



以上が、転載した部分です。
転載の許可してくださってありがとうございます。
で、
これを読んで、いろいろ考えるところがあったわけです。

主観のある句、それ自体は悪い事じゃないと思います。
というか、主観のない句はないんじゃないかな。
どこに焦点を当てて句を読むかというチョイスからして
もう主観ですからね。
2の主観を述べない。は、
「述べない」が先生のおっしゃるポイントだろうと思います。
言葉で言いあらわさない。


たとえば、おたまさんのお弁当のお話を句にしてみる、
と仮定します。

「冬は、お弁当は冷たくて美味しいとは言えませんね。」
の、「美味しいとは言えませんね」の部分が主観ですね。
ここを削って、この気持を詠むとします。

今日も冷たいお弁当
悪くない気がしますが、「今日も」というのが3の説明にあたります。
「今日も」つまり、言外に「昨日も一昨日もそうだったんです」という説明をしてることになるから。
「も」というのは、大体そうやって言外に説明を付け足そうとする
やっかいな助詞だと思われます。

じゃ、
今日の冷たいお弁当
とすると、
これがまた悩ましいところで、
じゃあ、昨日は違ったのか、いつもはどうなんだ
ってことになるんですよね。
そうすると、最初の描きたい
「冬の冷たいお弁当は美味しくない」の気持から
ちょっとずれちゃう。
「今日」というのがいらないわけです。
俳句は、基本的に「今」を詠む、というものなので、
「今日」とか「今」とか入れちゃうと、
あれれ、あえてそこ強調しなくちゃいけないことなんだ
と、鑑賞する側が考えちゃうわけです。

さて、そうなると、残ったのが
「冷たいお弁当」
だけになります。
正直、この一言だけでもう冬の侘しさがひしひしと感じるような
そんな気もしなくもないですが、
それは、わたしがいままで削ってきた
「冬は」「美味しいとは思えない」「今日も」
という言葉を知ってるからです。
この辺を、別の言葉で補強してやらないといけない。
その役を季語にしてもらう。
ここで「冷たい」に関して、
「冷たい」は、それだけで一つの季語でもあります。
そうすると、
とりあえず
「冷たいお弁当」は季語の入った言葉とも言えます。
その場合、この句の作句の経過を知らなくても
「冬」という意味は出てきますが。
「冬」だから弁当もつめたくなるのだ。
と、まあこんな感じの言葉ですかね。
が、
同時に「冷たい」は、一般的な言葉でもあります。
「冷たい」と言ったら、他の季語が一切使えないとか
それじゃあんまりですよね。
なので、とりあえず一つの方法としては
このまま「冷たい」を季語としてではなく使っちゃう。
そうすると今度は、
「寒さ」「冷たさ」を象徴する季語を使うと、
トゥーマッチになっちゃう。
ここはちょっと考えないといけない個所になります。
さて、
季語問題を置いておいて、
「冷たいお弁当」は
「つめたい」4音「おべんとう」5音
ちょっと、季語をここに直接入れるには、
半端な音数ですよね。
ここで、
4の写生、即物具象の出番なわけです。
どう、この「冷たいお弁当」を描写するか。

どこでこのお弁当の冷たさを実感したか
抱えて冷たいお弁当
膝に冷たいお弁当
食べて冷たいお弁当

「食べて冷たいお弁当」が心情的には正解なんじゃないかとも
思いますが、
正直、ちょっとこれだと間抜けな感じがします。
食べる前から冷たいことは分かってるわけですし。

お弁当を広げる前の所作として
「膝に冷たいお弁当」
でもいいかも知れません。
「抱えて冷たいお弁当」も
よさげではありますが、一字余ってしまいますので。

ここで、ちょっと文語でぱりっと決めたい場合は、
「冷たい」を「冷たき」とかに変えてみて、
そうすると「お弁当」の「お」がじゃまだな
とか。
で、
ひっくりかえして
「弁当の膝に冷たき」「冷たし」
とかしてもいいかもしれません。

さて、ここで季語問題に戻るわけですが、
いかにも寒々とした季語、冬の寒さを象徴する季語を
持ってくると「冷たい」があるので
これがいわゆる「つきすぎ」しかも季語二つあるやんって
いわれがち。
そこで、「冷たいお弁当」そのものとはあまり関係ないけど、
それを食べている作者の気持を象徴してくれる季語を
持ってくるわけです。
「室咲(室の花)」とかだと、冬の室内で食べている、
という状況を補強してくれます。
あんまり気持は強くださない分、
「冷たいお弁当」が強く印象に残るのではないかな。
お部屋に飾ってある花繋がりで
「ポインセチア」とかなら、
今度は、それプラス、
「クリスマスも近くて、町は華やかなのに、それに対して私は」
という気持がのっかります。

また、
冷たいお弁当を描写するのに、
ちょっとその周辺を見回して、
別のものに視線をシフトするのもありかな。
箸箱とか箸とか。
「箸箱に箸を戻して」
とかすると、お弁当の光景だということはわかるけど、
もう冷たさは消えちゃったので、
ここを「寒さ」「冷たさ」を象徴する季語で補強すると
「箸箱に箸を戻して十二月」
とか。
師走の、冷たいお弁当をかき込んだ後という感じになりません?

なんか長くなっちゃいましたが、
まず、詠もうとするものの中で
要らないものをばっさり削って、
でも、削ったものをそのまま捨てるんじゃなくて、
削ったものを季語のイメージ力で補うようにすると
主観が強すぎないけど
主観のこもった句になると思いますということです。
スポンサーサイト

 2014_12_16


Comments

箸 

sima様、おたまのお弁当の話から俳句論まで発展させて下さってありがとうございます。

最終的なsima様の「箸箱に箸を戻して十二月」。
冷え冷えとした空気もお弁当を食べ終わったったということもしっかりわかる句ですね。

この句を読んで、小川軽舟さんの「死ぬときは箸置くやうに草の花」を思い出しました。
思い出したと言っても、単なる「箸」つながりなのですけど・・・。

ところが、今回軽舟さんの句を読み直して「これって、主観だよね?」と思気がついた。
「そのように死にたい」って言っているので。。。
でも、軽舟さんの代表作のひとつでもあるこの句、おたまは好き。

先生は、主観は述べない。感じるものだとおっしゃいました。
今のところ、おたまは、基本に沿って勉強。
その後、自分の方向性を見つけたいと思っています。

おたまとしては、↓この様にできるといいなぁ~って近ごろは考えます。
写生→即物具象→情景を詠む
この流れでしょうか。

つまり、いまのところ一年未満の素人のおたまは、まずは基本からだと思っています。

しかし、お弁当から俳句論ありがとうございました~
おたまおばさん  URL   2014-12-17 12:51  

Re: 箸 

写生、吟行、寒い、帰りたい……
と、へんな連想で一人へこむわたしです。
なんて
私は苦手ですが、大切ですよね、写生。
即物具象は、わたしも心がけてる一つですね。
事じゃなくて物を具体的に詠むこと、
難しいけど、なんとなく自分なりに詠めると楽しいですよねー。
お弁当の句を考えるの、
すごく楽しかったです。
Sima  URL   2014-12-17 19:51  

 管理者にだけ表示を許可する


05  « 2017_06 »  07

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

プロフィール

Sima

Author:Sima
わたしが超個人的におすすめする児童文学100選
是非コメントください。
よろしくお願いします。

カテゴリ

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

ランキング




PAGE
TOP.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。