スポンサーサイト

Category: スポンサー広告  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 --_--_--


五 新傾向の終焉  「アカネ」復刊



五 新傾向の終焉(明治四十四年~
 「アカネ」復刊

河東碧梧桐の選を嫌った中塚一碧楼率いる玉島衆が、
自分たちだけで同人誌を出すらしい
という噂ですが、
明治四十三年十一月、それに先駆けてパンフレット「自選俳句」を出してます。

「自信ある作の前に於て選者の存在は全然無意義也」
と宣言して、
選者制を排した作品集となってた模様。
創刊号では、
中塚響也の、雨の花野の句が、
その原形と思われる
雨の花野を戻り隣家に長居せり 響也
の形で出されているところからも、
反選者制、反添削の意味が強く込められていたんじゃないでしょうか。
他に、
赤児見て出づ門や赫っと秋晴れて 一碧楼
秋晴の新職業に有りつかん 濛雨王
孕めるがふと悲し霧の厨口 太々夫
などの句が掲載されていたとか。
「自選俳句」を直接チェック出来たわけではないので、
ここに挙げた濛雨王、太々夫という人物が誰か、
フルネームは何かすら分からなくてすいません。
大須賀乙字は、
勿論これらの句が彼の目指す俳句とは方向が全然違うわけですが、
「孕めるが」の句について
「この官能的感傷より新しい俳句の生れたことは奇蹟である」
と、評価したとのことです。

その乙字ですが、
「孕めるが」の句を評価したとはいえ、
新傾向俳句批判、碧梧桐批判は、いよいよ苛烈になっていきます。
明治四十四年二月の「蝸牛」誌上に、
「碧梧桐の新句作態度論について」
で、
真っ向から無中心論に反対し、
季語の感じが一句に纏う「中心点」のある句を力説。
翌三月の同誌では
「俳句の立場を理解せよ」
として、
小説家の田山花袋が無中心論に賛成した論について、
俳句と小説を同一視した論で、且つ自然主義作家として自家弁護に過ぎない
と、バッサリ。

その翌月、荻原井泉水が「層雲」を創刊。
これに刺激を受けたんでしょうか、
五月に、休刊中だった「アカネ」を三井甲之と共に復刊させます。
「アカネ」休刊については、明治四十二年に、
「アララギ」との合流の可能性もあったらしんですが、
伊藤左千夫や斎藤茂吉の反対に合って流れたとか。
復刊した「アカネ」は新聞形式だったとか。
復刊号に「最近俳壇の変遷」
七月号の「新傾向の迷夢より醒めよ」
など立て続けに、新傾向俳句非難の文をここに載せます。
「アカネ」って
なんの雑誌だったんだろうなぁと
ふと思ったり。

ま、
この頃は「ホトトギス」も、四月に創刊したばかりの「層雲」も、
俳句以外の文芸を盛んに載せていたので、
「アカネ」も短歌オンリーの文芸誌ではなくて
なんら不思議ではないのかも知れません。

乙字は、その他にも
「誤られたる個性発揮」
「俳壇の最新傾向と新川柳」
「余情と背景及蛇影」
「人為的技巧化せる新傾向」
「否定は光明の先駆也」
「俳壇の無目的迷惑論」
「国語を滅ぼす傾向」
「感激なき俳句作例」
「余が新傾向を弁護せば」
などを「アカネ」「蝸牛」などにほぼ毎月発表します。
ちなみに、これら全部、
明治四十四年発表のもの。
この年の乙字の俳句が、
「乙字句集」にたった十九句しか残ってないのも
なんとなくうなづける俳論の数です。

ちなみに、
現在でも比較的読みやすい(入手方法的に)
「余情と背景及蛇影」を見てみると、
そこまで激しく新傾向俳句自体を糾弾しているという
感じではないです。
いくつか例句を無記名であげて、
新傾向が陥りがちな欠点を示したものというような論です。
作者は作句の過程を全部知っているのだから、
当然、句から様々な事が連想される。
だから、自分の句がよく思えるけど、
他者の目からすると、作者が当然と思う連想には
至らないので、一度自作を突き放してみることが大切。
みたいなことが書いてあります。
もう一つついでですが、
「俳壇の無目的迷惑論」
の「迷惑」というのは、迷い惑えるという意味で使ってるらしいです。
迷惑をかけている、というのではないみたい。

ちょっと面白いなと思うのは、
「アカネ」だけじゃなくて「アララギ」にも寄稿してること。
乙字は三井甲之の親友でほぼ「アカネ」側の人でしたが、
同時に斎藤茂吉とも友人関係にあったんで、
その流れでの寄稿だったんでしょうか。

また、新傾向攻撃のための論だけでなく、
この年八月「アカネ」に、
「人事は季題にすべからず」
という俳論を発表してます。
のちに発表する
「季感象徴論」や「俳壇復古論」の
序章ともいえる論文ですね。
人事葛藤が人生観に達せざる断片的叙述に終れば、描写が巧妙でもつまらない
天然の季題は変わるときがないけれど、人事季題は年中行事のすたれると同時にすたれた。また新季題がいくらも産まれた
と、まあこんな感じです。
ちょっとおやっと思うのは、
これらの季題は、天然に対するごとき大観にわれらを導かぬゆえに、人為的に季語と定めても、季語たる効果はないのである
という文。
明治末のこのころ、
「季題」というのが、今でいう「季語」、
「一句の中に入れておかないといけない季節のお題」のこと。
んじゃ、この文章の中の「季語」、
これは、「季節感を持った言葉」というような意味だと思われます。
「季語」という言葉を最初に使い出したのが、
大須賀乙字であるというのは、聞いたことがあったけど、
もうこの頃から使ってたわけですね。

スポンサーサイト

 2014_12_14


Comments


 管理者にだけ表示を許可する


08  « 2017_09 »  10

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

プロフィール

Sima

Author:Sima
わたしが超個人的におすすめする児童文学100選
是非コメントください。
よろしくお願いします。

カテゴリ

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

ランキング




PAGE
TOP.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。