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ぬくき句の残されてゐて年つまる



わたしの俳句の先生の話をしよう。
石飛如翠
それが先生の名前。

手紙のやり取りはしたが、
直接先生にお会いするのは、年に数回程度。
静かで穏やかで、
本当に「おじいさん」という感じの人だった。

いつも句会に、
筆記用具一式を収めた風呂敷包みを提げて、
自転車でいらっしゃっていた。

わたしよりもずっと年長で、
もっと長く先生とお付き合いのあった俳句の先輩方の話では、
お酒がとても好きな人だったという。

教師をされていて、戦後しばらく教職追放の憂目にあったり、
お子さんを若くして失ったりと
なかなかハードモードの人生だったらしい。

わたしが先生を知り、先生の句を読むようになったのは、
すでに、復職された教師生活からも引退されて、
おだやかな俳句生活をされている頃。

端正な句が多く、
そこに、時々ふっと、
淡々とおだやかに、
良い事ばかりではなかった人生をうかがわせる境涯がただよって、
いつか私も年を取ったら、
こういう句が詠めるようなりたいと
そう思ったものだった。

句評をされるときよく
「それが事実であったとしても、良い」
とよくおっしゃっていた。
「嘘であっても、良い」ではなくて
「事実であっても、良い」。
うそ臭いのは論外だが、
虚実どちらだろうと詩としてよければ良いのだ、
事実だけにとらわれてはいけないということかも知れない。
まだ実は、
この言葉の意味がわたしは分かってない。
多分。


塩鮭を一本提げてまだ死ねぬ 如翠

季語は「塩鮭」。
年越の用意か、歳暮周りか。
下五の「まだ死ねぬ」の言葉から、
知人への歳暮周りでのことだろうと思われる。
もうすでに、晩年に差し掛かったころの句だろう。
「まだ僕には帰れる所があるんだ。こんな嬉しいことはない。」
と言ったのは、16、7歳のアムロ・レイだが、
「まだ行ける所がある」から「まだ死ねぬ」というところだろうか。
小柄だった先生が、大きな新巻鮭を提げて、
だまって歩いておられるところがなんとなく目に浮ぶ。


晩年は寒し寒しと鯨尺 如翠

季語は「寒し」。
「晩年」という言葉は、自分自身に使うのでなかったら、
すでに亡くなった人に使う言葉だろうと思う。
誰の晩年を思い出している句だろうか。
「鯨尺」というと、和裁に使う竹の定規が連想されるが、
その鯨尺であれば、母親の晩年の姿なのかも知れない。
「寒し寒し」は、その晩年の母の口癖で、
その言葉が実感として自分自身にも身に沁みる頃になった、
そういう実感の聞かれる句だと思う。

先生は、数年前に亡くなったが、
奥様はまだご健在である。
今年、先生のお墓に参らせていただいた折にお会いする事が出来た。
先生のお墓は、先生のお宅の敷地にあるのだ。


ぬくきもの食はせて貰ひ年つまる 如翠

季語は「年つまる」。
上五中七の
「ぬくきもの/食はせて貰ひ」という言葉に、
ふいに胸がつまる。
この気持をどういう言葉で表現したらいいのか
ちょっと分からなくて困るが、
言いようの無いやわらかさと切なさが襲ってくる。


ぬくき句の残されてゐて年つまる Sima

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