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新傾向批判  城ノ崎俳三昧 その2



四 新傾向批判(明治四十二年~
 城ノ崎俳三昧 その2

前回書いた、
河東碧梧桐の城ノ崎俳三昧に関係する
中塚一碧楼の句について。

碧梧桐は、「日本俳句」に、
誰のことを淫らに生くと柿主が 一碧楼
などの句を六句掲載して、これを激賞します

と、書きましたが、これについてちょっと補足。

まず、随分前に、
明治四十年から「日本俳句」が「日本及日本人」に場所替えしたことを
書きましたが、
これは月二回発行の雑誌だったようです。
なので、新聞の一俳句欄よりは、
ある程度掲載する句が多くても大丈夫だとは思います。
それにしても多い……
と思いますが、一碧楼は実はこの時、
この柿の題で百十八句も投句してたんだとか。
で、掲載された六句の内、四句が添削してあったらしいです。
恬然と淫らに生きて柿甘し 一碧楼
というのが、原句だったとか。

さて、但馬城ノ崎を後にした碧梧桐は、次に出雲へ向かいます。
はるばる雪の但馬で「迎聖俳」と大書きされた茣蓙をもって迎えたという
竹内映紫楼という人物については、
東京で留守番をしている碧梧桐門下の人々にも強い印象を与えたようで、
後年、乙字が出雲へやってきたとき、
その映紫楼に出会ったことなども書き残しています。

で、
この年は、出雲の広江八重桜の家で、碧梧桐は年越するんですが、
この八重桜という人は、長年「日本俳句」に地方から投句しつづけていた人で、
東京の碧梧桐門下の人とも手紙を交わしてて、三題集などにも参加した人でした。
あんまりあちこち出歩くタイプの人ではなくて、
村上鬼城ぐらい地元にこもって俳句を作っていた人だったのかも。
体が悪いとかではなかったようですが。

この八重桜に宛てて、大須賀乙字がこういう手紙を出してます。
日付は明治四十二年十二月十五日。仙台からの手紙です。
けふは一私人など言ひつ柿むきぬ 一碧楼
忌の事に柿の主が一喝よ 一碧楼
などの句を挙げて、
わかると言えばわからなくもない、
判らないと言えば、判らないところもあって、
前書などがあるべきなんじゃないのかと、多少疑問に思う
新傾向と言っても、これはちょっと極端になってるんじゃないだろうか、
そのあたりの事、碧師(碧梧桐師のこと)に
教えてくれるようお願いしてもらえないだろうか。
という内容。

柿の句なので、前述の柿主の句と同じ時に、
「日本俳句」に載ったものではないかと推察しますが、
確認してないので、そのあたりはあいまいですいません。

「乙字書簡集」は、乙字が出した手紙のみが収録されているので、
この手紙は全文確認出来るんですが、
さて、これに八重桜や碧梧桐がどう返答したのか、
となると、ちょっと判らないんです。
村山古郷の「大須賀乙字伝」にも、
「どんな回答を発したかは文献の上に見られない」
とあるので、残ってないか、
そもそも具体的な返答がなかったかのどちらかでしょう。
ちなみに、この頃の乙字は、碧梧桐に牙をむくという感じではなく、
最近の傾向について、ご意見を師に伺いたい
という程度だった雰囲気。

でも

近来句作に遠ザカリ居候事ナレバ申スモヲコガマシケレド碧師始メ新進ノ人々ノ句ニ内容ノ事件ノ判然セヌ妙ニ含蓄ノアリサウナ詞ニ曲節ヲツケテ云ヒ出ヅルコト流行ノヤウニ思ハレ候。

と、
こういう流行はちょっと賛成しかねるような感じが伺えますね。
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 2014_11_18


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