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新傾向批判 「日本俳況」と「日本俳句」



四 新傾向批判(明治四十二年~
 「日本俳況」と「日本俳句」

河東碧梧桐が二度目の全国俳句行脚に出た明治四十二年の六月、
碧梧桐門下の、
大須賀乙字は、喜谷六花や小沢碧童と共に、
碧梧桐に代って「日本俳況」の選をすることになります。
これは、各地俳句会報みたいなやつ。

これがまた非常に大変だったみたい。
乙字から碧梧桐への手紙にも、その辛さがかかれてます。
この時期、俳壇の主流派みたいなものですから、
その数も大変なものだったでしょうけど、
それ以上に乙字を困らせたのが、
投句される句の傾向。

ある時、選評後に
「新傾向の試作は日本俳句に投ずべし、
各地俳況の如き多少娯楽的の意味のある所には、
今少し句になつてをるものを投書されたし」
と、乙字は書いたりしてます。
しかし、実は碧梧桐はそれが気に入らなかったとか。
この辺りから、
うっすらと、
乙字と碧梧桐との間に隙間風が吹く予兆があるみたい。
本格的なのは、もうちょっと後ですが。

栗田靖の「碧梧桐百句」に、
これに関連する面白い話が載ってました。
明治四十三年の三月、
荻原井泉水が碧梧桐に、
一題につき、投句数を五十句以下と制限したらどうだろう
と、意見したというんです。

これは多分「日本俳況」ではなくて、
碧梧桐選の「日本俳句」への投句だと思うんですが、
それにしても……
ごごご五十句……
五十句以下って……

そういう制限したらどう?
って進言するってことは、
それ以上投句する人がいっぱい居るってことだよね。
明治の俳句恐るべし。

と、
思ったら、
現実はそれ以上だったようで
碧梧桐は、その進言を否認して、
「一題千五百句乃至二千句を投ずる人のあるといふことは、一面俳句の勢力を意味してをる。予は未だ嘗て一題二千句を作ることを否定した覚えはない。推敲を欠いた乱作に閉口したまでゝある」
との見解を示したとか。
桁が二つ違いました。
まじで
明治の俳句恐るべし、です。

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 2014_11_02


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