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曳かれる牛が辻で再び


わたしが以前書いた記事で
河東碧梧桐の

曳かれる牛が辻でずっと見回した秋空だ

という句の鑑賞がありました。
あれは、
わたしなりの鑑賞であって、
あれが
学校で教えてる「正解」の鑑賞ではありません。

唐突に何言ってんだと
思われるかも知れません。

この句、どうも
どこかの学校の教科書?に載ってるらしいんですよね。

なんでこれ選んだ?
と、言いたいところですが。

ちなみに、
色々ネットで探して見ますと、

市場か屠殺場へ曳かれてゆく牛で、
牛が辻で
悲しげに、まるで見納めのように
秋の空を見回した。

辻は、つまり人生の岐路
秋の空は、終焉の季節
あるいは、空は自由の象徴で
曳かれた牛は、不自由な身の象徴

とかなんとか
色々出てきました。

それを作者は自分に当てはめて詠んだ、
とか
牛の哀れさを詠んだ、と。

ほほぅ。


わたし、
はっきり
「辻に立って空を見回してるのは、
もちろん作者、碧梧桐。」
って書いてるわ。
いきなりまちがってるね。
国語学習的には。

でもね、
句の上では
曳かれる牛が辻でずっと見回した秋空だ
としか言ってない。

曳かれる牛

曳かれる牛
で、それ以上でもそれ以下でもない。

まあ、人間に飼われてる牛だってことは
わかります。
っても、
日本に野生の牛とか野良の牛とか
そうそういないと思うけど。

で、
牛が空を見回したとは
確かに書いてある。
でも、
最後が
「秋空だ」
ですよ。

今、作者の視点は
実際に空に向いてるからの「秋空だ」
じゃない?
作者が今、見てるのは「牛」じゃなくて「空」

曳かれる牛が辻でずっと見回した秋空

秋空だ
の「秋空」が繋がってるから
わかりにくいけど、
作者の詠嘆は「秋空だ」にあると思うんですよね。

「牛」を見て詠んだなら
秋空を辻でずっと見回した曳かれる牛だ
でしょ。
と、わたしは読んだわけです。

とりあえず、
牛が悲劇的な未来を持った牛でもいい。
秋空に、深い意味を持たせたっていい。
まあ、一般的には秋の空は
「天高し」とかって言うように、
秋晴れの昼間の、さわやかに澄んだ空なので、
あんまりマイナスイメージはないような気もするけど
その辺は自由でしょうね。

なんなら
がんじがらめに俳句のルールに縛られた
愚鈍な牛のような俳人が
今、岐路に立って、
自由な空、つまり自由な詩の世界へ
あこがれをつのらせてる
って読んだって
別にいいでしょう。

まあ何がいいたいかというと、
俳句の鑑賞に「正解」はないんじゃないか
と思うということ。


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 2014_10_25


Comments

こんばんは 

こんばんは、
いつも楽しく読ませてもらっています。

今、コメントを書いていたのですが、はてさてどこへ行ったのか、行方不明?
と思っていたら、たぶん「拍手」の欄にコメントを書き込むと、違ったスペースに行ってしまうんですね。とにかく、俳句の鑑賞はむずかしいですねぇ、という気持ちなのでした^^
jacksbeans  URL   2014-10-25 20:34  

 

拍手コメントも拝見しました。
わたし一人で読むのがもったいないぐらい。

そういえば、多分わたしも授業で俳句を
ちょっとだけ習ったハズなんですが、
一切覚えてないんですよね。
教科書に載ってて
すごく覚えてるのは
「やあるんちゃんよくきたね」
というフレーズのみ。
Sima  URL   2014-10-26 13:09  

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