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大須賀乙字略歴


さて
大須賀乙字の資料を読みまくり、
集めまくった(というほどの量ではないかもだけど)わたしですが、
当り前といえば当り前ですが
ただ漫然と読んでいるだけでは、かなり理解が浅いままです。
何がよくわからないから理解が浅いままなのか
それすらわかりません。

ということで、
とりあえず大須賀乙字の生涯を自分なりに纏めて見る事にしました。
まあ、底本は「大須賀乙字伝」で、それの容訳みたいなものになりそうですが。
出来るだけ、予断というか、思い込みで暴走しないように
(やっぱりファン心理って暴走しがちですし)
事実だけを纏めて行きつつ、
ちょっとここワカラナイなとか
ちょっとこれについてこう考えたんだけどどうかな
みたいな事も纏めて行けば、
次に調べることも自ずとわかってくるかなぁ
と。

とりあえず、非常に簡略化した略歴を作ってみます。

明治十四年 
 七月十九日 福島県に生れる
明治三十二年 十九歳
 仙台第一中学校第四学年の時、初めて乙字の号を使う
明治三十七年 二十四歳
 東京帝国大学国文学科入学
 同時に碧梧桐門となる
明治四十一年 二十八歳
 東京帝大卒業
 この年「俳句界の新傾向」を「アカネ」誌上に発表
明治四十二年
 碧梧桐第二次全国行脚中
 碧梧桐の新傾向俳句の変化に懐疑的になっていく
 母死去
明治四十三年 三十歳
 十月 宮内千代と結婚
明治四十四年
 長男誕生
明治四十五年・大正元年
 「層雲」選者を辞し井泉水とわかれる
 八月 父死去
大正二年
 「季題の意義を論ず」で、季題論を発表
大正三年
 「形式より観た俳句」で、二句一章論を発表
 「俳壇復古論」発表
大正四年 三十五歳
 三月 妻千代死去
 三月 臼田亜浪「石楠」碧梧桐・一碧楼「海紅」創刊
 五月 海紅堂流血事件によって碧梧桐及び「海紅」と訣別
 十一月 高崎で初めて村上鬼城と直接会う
大正五年
 「碧梧桐句集」編纂
 十二月 松井まつ子と再婚
大正六年
 「鬼城句集」選集刊行
 「俳句の課題に就て」で俳句境涯論を発表
(ちなみにこの年に、例の虚子の幽霊画事件がおこります)
大正七年
 次男英二誕生
大正八年
 「季感象徴論」発表
 この年の冬に風邪をこじらせ、そのまま病の床につくことになる
大正九年 四十歳
 一月四日 乙字宅で仰臥のまま句会参加
 この時の出句のうちの一句が絶筆とされる
 同月 二十日 乙字死去。

と、だいたいこんな感じでしょうか。どっか間違ってたらゴメンネ。
年齢は数えで書いてあります。満年齢でいえば、享年は三十八歳。
やばいメチャメチャ年下だ。

ここから、当時の乙字の句とか、俳壇の様子とか、細かいエピソードとか
そういうのを肉付けして、纏めて行くわけです。

それにしても、
当時の学校制度ってどうなってたんだろうか。
ちょっとだけ調べてみたけどよくわかんなかった。
数え八歳で平小学校に入学。
(小学校高等科にも行ってたみたい)
十五歳で安積中学校に入学。
十八歳で仙台第一中学校三学年に転入学。
二十一歳で卒業。
仙台第二高等学校入学。
二十四歳で卒業、東京帝大入学。
一年留年して二十八歳で卒業。

数えてみると、マジで人生の半分学校に通ってます。
そしてその後十年を学校の先生してます。
ずっと学校の人だったんだなぁ。
と、どうでもいいような、でも気になる事を書いたりして次に続きます。

でも、どう続ければいいんだろうな。
今更ブレブレになっちゃって我ながら困るわー。
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 2014_08_19


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鬼藤千春の小説  URL   2014-08-20 05:00  

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