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新傾向の発見 大学卒業 その二



三 新傾向の発見(明治四十年~四十二年)
大学卒業 その二

明治四十一年の春、
二月十三日から三月十四日まで俳三昧が行われた、
ということなんですが、
大須賀乙字はこの俳三昧に一度しか顔を出してないんです。
さすがに大学留年は痛かったみたいで、
卒業を目指して忙しくしてたみたいです。

前回で書いた通り、
母の諌めを留意しつつ、
どうしても俳句がやめられなかった乙字ですが、
さすがに、留年決定の四十一年の春の俳三昧は出てないと。

そして、この年の七月、
ようやく乙字は卒業にこぎつけます。
28歳、卒業論文は「俳諧論」。主査の教授は芳賀矢一。
同じく留年していた荻原井泉水も、この年に卒業しました。
ちなみに、この春の俳三昧は、
河東碧梧桐、喜谷六花、小沢碧童らの他、
戸沢百花羞、その弟の戸沢撲天鵬、石川桐芽、
宇佐美不喚楼、伊藤観魚、細谷不句
などが参加した賑やかなものだったらしいんですが、
井泉水がここにいたのかどうかは不明。

さて、
この年の九月の新学期から、
駒込吉祥寺にあった曹洞宗第一中学林の教職につきます。

同じ年、乙字は「俳句調子論」など、多くの俳論を書いてます。
新傾向についての論も多かったみたい。
また、「月並論」「『俳諧散心』を評す」などを書いて、
段々と俳論家としての存在感を出してきた頃かと思われます。

この年の十一月には、碓氷・妙義山で遊んで
  屏風岩
岩面曇れば過ぎし時雨かな 大須賀乙字
  動岩
紅葉折る響を雲に思ふかな 大須賀乙字

などの句を詠んでます。

 一方「アカネ」の発行に携わっていた三井甲之ですが、
創刊後半年ほど経った七、八月の頃から、
恩師である伊藤左千夫の小説や短歌について
苛烈な非難攻撃を公然とするようになっていきます。

とうとう伊藤左千夫は十月に
「アララギ」を発行して「アカネ」から離れることになったとか。
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 2014_10_14


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