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トマス・H・クック「七つの丘のある街」
原書房

ローム青少年育成センター(YDC)に勤務しているケン・ドゥーリーの自宅に
数発の銃弾が打ち込まれた。
その翌日、YDCの副理事であるリンダ・アデアの自宅に火炎瓶が投げ込まれた。
どちらも、事件の直前に若い女性からの謎の電話がかかっていた。
そして、火炎瓶の事件の直後、リンダの家と郡警察に若い女性から、
ケンとリンダへの殺人予告と思しき電話があった。
それは、これから始まる事件の前哨戦のようなものだったのだ。
事件は、女子専用孤児院エセル・ハープスト・ホームで保護されている一人の少女、
リサ・アン・ミリカンが、突然姿を消してしまったことから動き出したのだ。
13歳の少女リサの失踪に前後して、
ローム郡内で、女性、少女たちが、
奇妙な女性に声を掛けられるという出来事が起こる。
清潔とはけしていえない様子の見知らぬ若い女性が、
しつように彼女たちに自分のくるまに乗るように声をかけていたのだった。
その不審な女性の名前は、ジュディス・ニーリー。
茶色のダッジに乗って各地を転々としていた。
夫アルヴィンは妻とは別の車に乗り、一緒に転々としていた。

アメリカ南部の平和な街、
昔からのモラルの続く善人たちの住む街に起こった少女の失踪事件は、
やがて殺人事件へと発展します。
そして、二人目の犠牲者も。

なかなか面白かったです。
本書の半分いくかいかないかというところで、
あっさり犯人が逮捕されてしまって、
あらら…と思っていたのだけど、
それからどんどん濃密な物語に展開していくんですよね。
文章は淡々としていて、
「事実」だけを綴っているような感じなんだけど、
曳きこまれていきます。
法廷でのくだりも読ませてくれました。

実はこの作品がノンフィクション小説だとは、
読み終るまで気がつきませんでした。
なんの疑問ももたずにフィクションの小説を読んでると思ってたんだけど、
これは、作者クックが故郷アラバマで起きたという事件について書いた、
初のノンフィクションだったんですね。
でも、所謂犯罪ノンフィクションものの持つセンセーショナルな雰囲気も、
犯人または関係者の誰か一人にスポットライトをあてて
掘り下げたような感じも無くて、
とにかく淡々と読ませてくれるんです。
淡々としてるけど、ぞわっぞわって来るものがあるんですよ。
事実として表わされていない深いところを
作者の想像で補って掘り下げるんじゃないのって、
それも有りだなって思いました。

この本を手に取るきっかけになったのは、
タイトルでも作者の名前でも、
もちろん犯罪ノンフィクションだと知ってでもなく、
装丁でした。
この表紙のイラストを見たとたん
「おお!これは絶対アメリカ南部だ!」と感じてしまったんです。
何故かアメリカ南部を舞台にした作品に惹かれてしまうんです。
まあ、この本の場合は、
この装丁だともっと濃い内容を期待しちゃうようなところもあるんで、
プラスなのかマイナスなのか…。
(2005年4月3日)

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 2015_12_25




トマス・H・クック「緋色の記憶」
文春文庫

ある夏、コッド岬の小さな村のバス停に、緋色のブラウスを着たひとりの女性が降り立った―そこから悲劇は始まった。美しい新任教師が同僚を愛してしまったことからやがて起こる"チャダム校事件"。老弁護士が幼き日々への懐旧をこめて回想する恐ろしい冬の真相とは?
(裏表紙より)
海に近い小さな村の美しい風景描写と
悔恨の念に充ちた過去の回想が切なく甘く交じり合ってて、
めちゃめちゃ上質のミステリーと言う感じになってます。
少年ヘンリーが惹かれた女教師ミス・チャニングが
この事件にどう堕ちていくのか、
そもそも"チャダム校事件"とはどういった事件だったのか、
すべてがゆっくりとしたスピードで明かされて行きますが、
すでに辛い結末であったことだけ知らされている分、
読んでる方も
事件の全貌を知りたいような知るのが
苦しいような気にさせられてしまうんですよね。

トマス・H・クック「死の記憶」
文春文庫

父親が母と兄と姉を射殺してそのまま失踪して35年。
結婚もした、子どももいる。
過去の事件について顧みることもなかった。
しかし、一人の女の出現によって、
過去の事件について過去の家族たちのことを
少しずつ思い出すことになった。
決定的な崩壊にいたるまでの家族のあしどりを。
どこへ向かって物語が進んで行くのか
非常に不安に包まれながら読み進みました。
空虚さと安堵の入り混じったような読後感。
なんだろなー。
(2001年2月15日)

 2015_12_23




タニス・リー「闇の公子」
ハヤカワ文庫

まだこの世が平らかだった頃、
妖しさと魔法に満ち妖魔の住まう地底と、
人間の暮す地上を怖れによって統べる妖魔の中の妖魔、
すなわち闇の公子アズュラーンがいます。
彼の現れるところ地の流れぬところはなく、
禍の降りかからぬ者はいないアズュラーン。
この物語はこの闇の公子を軸に紡がれた3つの物語からなっています。

実はこの作品の最初の物語の第一章、
かなり読むのがしんどかったです。
舞台は主に地底の妖魔の国。
闇の公子アズュラーンと、
彼がその美しさに赤ん坊の時に連れ帰った人間の青年の物語なんですが……。
恐ろしいほどに耽美なんですよ。
うう~、耽美苦手……と、思いながら読んでた所為か、
最初は全然物語が頭の中に入ってこなかったですね。

で、私の中で物語が生彩を帯びてきたのが第二章から。
妖魔の手による美しい首飾りをめぐる物語から、
いきなり面白くなってしまいました。
うーん、続編を読むとしたら、
気力が充実してるときじゃないと厳しいかもしれないけど、
読んでみたい気がしました。
(2002年9月5日)

 2015_12_22




タニス・リー「月と太陽の魔道師」
ハヤカワ文庫

風邪の発熱のため頭がしっかり働かないので、
あらすじをまとめることが出来ないので、
表紙裏から引用させてもらいます。
「奴隷のデクテオンは逃亡の途中、異世界へと迷い込んだ。一見なんの変哲もないその世界、実は女性が支配する世界だった。その社会では女王は五年ごとに夫を若い男にかえることができる。古くなった男は任期を終えれば死が待ち受けるのみ。時おりしも女王の夫ザイスタアは死の儀式をひと月後に控えていた。しかも、そのザイスタアはデクテオンに瓜二つ。ザイスタアは、魔術を弄してデクテオンを影武者として利用するが……。」

カバー絵が中山星香さんだったこと、
タイトルに「月」「太陽」ときて「魔術師」とあることから、
うーん、こりゃこってこてのファンタジーだなと思ってたんですが、
読み始めたら案外さくさく読めるのでびっくり。

あとがきを読んで納得したんですが、
この作品本国ではジュヴナイル・ファンタジーだったんですね。
だからって、
おこちゃま向けのゆるいファンタジーでもなくて、
なかなか読み応えがありました。
(2002年6月19日)

 2015_12_19




タニス・リー「血のごとく赤く」
ハヤカワ文庫

美麗なイラストの表紙にいささかびびる、幻想童話集です。
ちなみに初タニス・リーで、
以前に入手して最初の一編だけ読んだままになってた本。

「ハーメルンの笛吹き」「白雪姫」「眠りの森の美女」
「シンデレラ」「ラプンツェル」「カエルの王様」
「赤ずきん」「白鳥の湖」「美女と野獣」をベースにした
9編のお話が入ってるんですが、
変に茶化したようなパロディとか、
性的にどうとかっていうのではなくて、
スケールが大きくて、ひたすら耽美で、
多面性のある深い作品になってるの。

私が好きなのは「ハーメルンの笛吹き」をベースにした「報われた笛吹き」、
表題作でもある「血のごとく赤く」、
ちょっとビックリSF設定の美女と野獣「緑の薔薇」。

でもね~、ホントとにかくお耽美な世界なの。
これはそれぞれ短いお話だったからなんとか許容範囲だったけど、
長編でこれだけ美麗でダークな世界が繰り広げられたら
ちょっと辛かっただろうなぁとちらっと思ったりして。
(2001年7月1日)

 2015_12_16




リチャード・ブローティガン「アメリカの鱒釣り」
新潮文庫

ふむ。なんとも不思議な本でした。
裏表紙の紹介文によると
「街に、自然に、そして歴史のただなかに、失われた<アメリカの鱒釣り>の姿を探す47の物語。大仰さを一切遠ざけた軽やかなことばで、まったく新しいアメリカ文学を打ちたてたブローティガンの最高傑作」とのこと。
うーん。
ひとつひとつのセンテンスは
たしかに平明な言葉かも知れない
(日本語に訳してあると、
それすらも今ひとつぴんと来ないのですけれど)。
だけど、すべてが唐突に始まって唐突に途切れる感じで、
一つながりという感じが薄いので、なんだか不思議な手触り。
一つながりの意味を持たないという意味なのかな?
そこへもってきて、
はっきりと定義のない「アメリカの鱒釣り」というシロモノが投入されて、
またなんだか不思議っぷりがアップしてしまう。

帯にある柴田元幸氏の「翻訳史上の革命的事件だった」というのは、
たしかに発表当時はそうだったのかも知れないなぁと思うんだけど、
そういう歴史的な衝撃度を除いてみると、
大興奮するほどスゴイ作品なのかどうかは分らないなぁ。
じゃあ、つまんない作品なのかと言うと、
これがそうでもないのね。
大興奮は全然しないけれども、
じわじわじわじわと繰返してゆるい波の様に
アメリカの鱒釣りの匂いが伝わってくる。
「アメリカの鱒釣り」が何なのか、
はっきりとは分らないままに。

ブルーカラーの悲喜こもごも、
あるいは古き良き時代のアメリカの田舎の佇まい。
ストーリーはないものの、
読み進めていくにつれて、
そういったものの温かみや深みがじんわりと感じられます。
これが答えだ!というものはないけど、
そんな感じ、これがいいのかなぁ。
少なくとも私はそれがいいなぁ。

それにしても、アメリカに限らず、
釣りという言葉、行為は何かしら郷愁を感じさせるように思います。
何だろね。場所はやっぱり川です。
海釣りではなくて川釣り。
思い出の中にだけあるというノスタルジーではなくて、
残っているモノの中にうっすらと失ってしまったモノの影が重なるような
甘酸っぱさを感じました。
(2005年8月18日)

 2015_12_13




リチャード・ブローディガン「西瓜糖の日々」
河出書房新社

あらゆるものが様々な色彩の西瓜から作られる西瓜糖によって成り立つ世界。
西瓜糖の板で出来た橋、西瓜鱒油で灯されるランタン、
ガラスと区別の付かない西瓜糖の窓。

ここはどういう世界なんだろう?
善人たちが住まうアイデスと<忘れられた世界>。
ユートピアを描いた作品とも
終末の後の世界を描いたようにもとれる物語。
人間と同じ言葉を使い、人間を喰らう虎、あちこちに林立する彫像。
ただ実在するのか、何かの象徴なのか、
それは本文の中では明らかにされませんが、
素直に読めば前者の方なんでしょうね。

そんな世界の中で、主人公は本を書いています。
アイデスのこと、自分のこと。
短いセンテンスと短い章で綴られる西瓜糖の日々は、
物悲しくなるほど穏やかでやさしいんです。

 2015_12_12




ジャック・バルダン「グリシーヌ病院の惨劇」
読売新聞社

あたらしめのフレンチ・ミステリー。
1997年の<コニャック・ミステリー大賞>という
よく知らない賞を受賞した作品ということなのだけど、
あとがきを読むかぎりでは、
これは無名の新人の未発表作品を対象にした賞みたい。
ってことは、フレンチ・ミステリーの登竜門という感じ?

「老人ホームと精神病院を兼ねた病院」と形容される
グリシーヌ老人医療センターで、一人の老女が惨殺される。
折りしも7歳の少女がレイプされて殺されるという大きな事件で
警察はかかりっきりの状態。
2ヶ月前に刑事になったばかりの新米、アンドリュー刑事と
2年後に定年を控えるアルソノー刑事の二人が
この事件の捜査に当たる事になった。

これ、ちょっと変ってます。
フランスっぽいといえば、
いかにもフランスの新人くさい(ってどんな感じだよ)。
会話に皮肉がピリッと利いてて、
どっか飄々とした刑事たちの物腰。
ストーリー展開や何かよりも、とにかく作風が変ってて、
そればっかりが印象に残っちゃうんですよね。
究極の「神の視点」である作家の台詞が
物語の随所にちょこちょこ顔出して読者へ語りかけるだけじゃなくて、
二人の刑事たちの会話の中にさえ、読者への言及が為されてたりして……。

ミステリーのパロディっぽいんですよねぇ。
愛ゆえのパロディというか。
面白いといえば、面白いといえるかも。
(2001年8月18日)




あたらしめ、
とか言ってますが、なにせ2001年に書いた感想ですから。
っていうか
あたらしめって何だ、
古めってなんだってなりますね。
アルレー?ブリジット・オベール?
ジャン・ヴォートラン?ポール・アルテ?
ダニエル・ぺナック?シムノン?
ユベール・モンティエ?セバスチアン・ジャプリゾ?
モーリス・ルブランやガストン・ルルーぐらい古くなる?
ちなみに
今最も熱いのは
ピエール・ルメートルですよね。
残念ながら、
本書の作者であるジャック・バルダンは
この一冊しか翻訳されてないみたい。

 2015_12_11




F・H・バーネット「白い人たち」
文芸社

この作者、実は「小公子」や「秘密の花園」のバーネット女史なんです。
何故に、今頃バーネット??って感じですが、
2002年12月にして、初の完訳の作品らしいですが、
これがまた、すっごく良かったです~~。

スコットランドの荒れ果てた遠い場所にある
ミュールキャリー城にすむ一人の少女イゾベルの、
とても美しい、透明感のある静かな物語です。
児童文学というのとは違う、
大人が読んで、
すぅ~っと心が洗われるような気持になる素敵な作品ですね。
それ以上のことはちょっと、伝えにくいんですが、
あまり長い物語ではないし(割と大き目の活字で200ページに満たない)
見かけたら、ちょっと読んで見てほしい気がします。

そうそう、
この中でちらっと語られる物語にびっくりしてしまいました。
「人間の姿になって陸にあがり、人間の少女と恋に落ちて結婚するアザラシ」の話。
ときどき不意に海に帰り、そのうちかえってこなくなった。
それは、海の仲間が陸の妻のところへ帰らせまいと争って、
死んでしまったから。
そして、陸の妻は父親そっくりの不思議な目の男の子を産み、
その子は、水に入りたがって誰にもやめさせることができなかった。
なんて、おお!
これに似た物語がありましたよね。
スコットランドの伝説の一つとして出てくる物語なんですが、
うーん、似てる。
(2003年4月26日)




実は、これを書いた2003年には、
キチンと頭の中にその「似た物語」があったはずなんですが、
2015年現在、
正直に言って、なんの話が似てたっけ……状態だったりします。
とほほ。

 2015_12_10




ジョン・クロウリー「リトル、ビッグ」Ⅰ Ⅱ
国書刊行会

いや~、色んな意味で凄い本でしたね。
アーシュラ・K・ル・ヴィンをして
「この一冊でファンタジーの再定義が必要となった」
と言わしめたファンタジーの大作。
うーん、めちゃめちゃ読めませんでした。
特に上巻の半ばまでは、
ほんの数ページも進まない内に眠気が襲ってくるんです。
上巻の半ばまではってことは、
その後はどんどん読めるのかといえば、
やっぱり遅々として進まないの。
それでも投げ出さずに読んだのは、
やっぱり面白かったからというのもあるけど、
物語がどう終るのか、
それだけが知りたかったのかもしれません。

青年スモーキィは、ディリィ・アリスと結婚するため、
シティの彼方にある、とある森のはずれの、
彼女の家族が住む広大な屋敷「エッジウッド」を目指していました。
そこはこの世界と別の世界が交錯する場所で、
そこにすむドリンクウォーター家と
その一族たちには特別な歴史が語り継がれ、
その影には妖精の存在があるのでした。

確かにスリリングで面白かった。
でも、
実はどの程度理解して楽しめたのか
何だか自分でもよく分からないんです。
特にラストは、
私ひとりだけ置いてけぼりになったような気持に襲われてしまいました。
ファンタジーの素養が足りないのか、
感性がわるいのか、
単に頭が悪いのか。

もう一度じっくり再読したら
また感想が変ってきそうな奥の深い作品だとは思いますが、
さて、それだけの気力が湧くのかが疑問。
(2003年2月16日)
 2015_12_08




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プロフィール

Sima

Author:Sima
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