上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 --_--_--



なんとなく、
出しもしない俳句ポストのお題を借りて遊んでみました。

省略のなくて短き目高かな(しま)

鬼であることにも飽きて追ふ目高(しま)

まづこれと決めし目高を見失ふ(しま)

目高というと、わたしが子供の頃、祖父が庭でたくさん飼っていたことを思い出します。
卵と稚魚は別の鉢で成魚とは分けられていたような。
たしか、成魚が卵を食べちゃうからって言ってたような気がします。

スポンサーサイト
 2015_06_24



サルマン・ラシュディ「ジャガーの微笑 ニカラグアの旅」
現代企画室

ラシュディのノンフィクションものです。
タイトル通り、ニカラグアへの旅を綴ったもの。
久しぶりなので、
よかった~を連発したいんですが、
実はもう読了するのがやっとという感じでした。

ある意味さすがラシュディとも言えるかも。
でも
インドを舞台にしたフィクションのラシュディのイメージで
読み始めた私でしたので、
ちょっと違ったかな~って思っちゃいました。
もうきっちり政治的な話題に終始という感じなんですよね。
うーん……、
ニカラグアの歴史と
1986年当時のサンディニスタ政権下でのニカラグアの事を
ちょっとは知ってないとほとんど分からないんですよ。
あと、
南米の文学者の名前がけっこう出てきましたが、
わかるのはリョサぐらい。
詩人なんてほとんど知らないし~~。

と、言うわけで、
途中で投げ出すのが嫌で読みきったけど、
ちょこちょこ政治の話になるのがつらかったですねぇ。
あ、
全然理解できないほど難しいというわけではないですよ。
政治的な意味合いは強いかもしれないけど、
基本的には割と平明な文章で書かれた紀行文という感じなので、
面白いと感じる方も多いのではないかと思います。
(2003年4月23日)

 2015_06_24



サルマン・ラシュディ「真夜中の子供たち」
早川書房

波乱の近代インドを舞台にした、濃密な物語です。
この密度の濃さは、どういう風に表現したら良いのか悩むぐらい。
非常に混沌とした政治色の強さ、
リアリズムの中にし込まれた非現実的な世界(いや。逆か?)、
ガルシア=マルケスの「百年の孤独」の方が、
圧迫感とか閉塞感が少なくて読みやすかったかもしれない
と思うぐらいですね。
私としてはどっちかというと、
「ブリキの太鼓」っぽいものを少し連想させました。

でも
読みやすくないから面白くなかった
ということではないんです。
すっごい面白い作品でした。夢中になって読まされちゃいました。

物語は1947年8月15日0時、
インド独立の瞬間に生まれた子供サリーム・シナイの一人称で語られます。
この独立の最初の1時間の間に生まれた子供たち、
真夜中の子供たちは、
例外なく特殊な子供たちなのでした。
中でも、
0時ジャストに生まれたサリームはその巨大な鼻で、
あらゆるものの匂いをかぎ分ける能力と、
すべての真夜中の子供たちを頭の中に呼び寄せて
会議することが出来るほどのテレパシーを持ちます。
サリームとほぼ同時に同じ産院で生まれた、
巨大にふくれた膝を持つシヴァ。
二人の真夜中の子供たちには出生の秘密があるのでした。

この作品は、
サリームの2代前に遡ったところから始まるんですが、
ここがもうメチャメチャインパクトがあるんですよ。
もう出だしからぐっと引きつけられましたね。
サリームの祖父が、
ある早春のカシュミール晴れの朝に、
祈ろうとして霜柱で巨大な鼻を打ちつけたという最初のエピソード。
左の鼻腔から三滴の血が滴り、
それがたちまち凍ってルビー粒になり、
涌き出た涙はダイヤモンドの粒になった
という表現にすっかりやられてしまいました。
もちろんメルヘン的な表現ではないです、蛇足ながら。

 そして、祖父と祖母の結婚を取り持った穴あきシーツのエピソードも、サリームの妹でまだシンガーへと変貌する前のモンキーも好きですね。

すっごい面白いんだけど、
どうも諸手を上げて人にお勧めするのは気が引ける作品でもあります。
濃密なマジック・リアリズムの中に、
善悪とは違うどうしようもなく暗い情念と、
「終った後」の男の述懐ならではの
ある種の虚無感があるように思えるんで……。
(2002年7月16日)

 2015_06_23



わたしが参加しているネット上の短歌の歌会うたの日の、
本日のお題のひとつが「英」。

この「英」って文字で思い出したんだけど、
うちの次女がまだ小学生だった頃、
ゴミ袋に記名するお手伝いをしてくれて、
「○田…」と悩んでたんですよ。
まあ、世帯主のフルネームが正式なんだろうけど、
わたし自身は苗字しか書いたことないんだよね。ちなみに。
どうやら、父親の名前の漢字表記を知らなかったかど忘れしたかだったみたい。
「パパの名前はどう書くの?」
と聞かれて、
「えいごのえい(英語の英)」
って答えたら、
そう、もうだいたいお分かりだと思うんですが、
マジックで太々と「○田A△」って書いてくれてました。
「英語のエーっていうからー!」と逆切れしてました。

この人は、他にも漢字関係で楽しい逸話を残してくれてる人で、
ある日学校から帰ってくるなり
「ぶどうの漢字が書けるようになったよ!」
というので、書いてもらったら
「巨」
それぶどうやない、それきょほうー。
とか、
家族旅行先で、「忍」という看板を発見して、
それを指差しながら、
けっこうな大声で
「あっ!この漢字読めるよ!
忍者のじゃっ!」
って言ったりして、
楽しい人でした。

と、そんなことを思い出しているうちに
「英」のお題の投稿締め切りは過ぎているのでした。
まあ、準備もしてなかったけども。

 2015_06_22



サルマン・ラシュディ「東と西」
平凡社

うん、よかったですね。
1994年に出された短編集で、
「悪魔の詩」がイスラム教を冒涜するものだとして
イランのホメイニ師から糾弾されて命を脅かされて
潜伏生活を余儀なくされた後に書かれた作品です。

これは「東」「西」「東と西」の3章全9篇からなる短編集。
東、はインド(東洋)、西は西洋です。

まず「東」の章の作品、これがすっごくよかったんですよ。
「無料のラジオ」は
1人の老人の独白の形が取られてて、
一人の美貌のサイクル・リキシャ引きの青年が、
「盗っ人の後家さん」に惑わされ、
その何事も疑うことを知らない純真な心から
国による半ば強制的な不妊手術にだまされてしまう顛末が語られます。
「預言者の髪の毛」は、
モスクから盗み出されたマホメットの遺髪をめぐる物語。
これもすごく好きですね。

「西」の章は、
それぞれ「ハムレット」「オズの魔法使い」
それとコロンブスを元にした物語3篇。

「東と西」の中では、
最後の「コーター」の、
往年のチェスグランドマスターのポーターと
インド人家庭の乳母の交情を描いた物語が、
ノスタルジックで、ちょっと苦みのある感じで好きですね。
(2002年4月28日)


サルマン・ラシュディ「ハルーンとお話の海」
国書刊行会

1990年に出された児童文学。
冒険ファンタジー。
キング絶賛ということでしたが、
たしかにキングが好きそうかも……と言う感じがしました。

主人公ハルーンは、
悲しみにつぶされて町の名前すらなくなってしまった町で、
幸せに暮していました。
父親は王国一の語り部と名高い
(やっかみから「戯言の王」とも呼ばれる)ラシード・カーリファ。
父親の口から次々ととび出すホラ話、
母親の甘い歌声、
これがハルーンの幸せな暮しの基盤だったのです。
母親がある日アパートの二階に住む男と駆け落ちするまでは……。
これをきっかけに、
ラシードは語る術を失ってしまいます。
ハルーンは父を救うべく、
「オハナシー」の月へ、水の精モシモと旅立ちますが……。
語る術を失った父ラシードの姿が切ないけど、
ダメ父さんでは終らないとことか、よかったですね。
(2002年4月28日)

 2015_06_22




クリスチアナ・ブランド「暗闇の薔薇」
創元推理文庫

サリーの最後の映画である「スペイン階段」の
リヴァイヴァル上映を観た帰り道、
サリーは一台の車が尾行しているのに気がついた。
嵐の中、一旦はやり過ごせたかに見えたが、
道路をふさいでしまった巨木の為に
サリーは立ち往生してしまう。
あせった彼女は、
たまたま倒木の向こう側で同じ憂き目に遭っていた一人の男性と
車を交換して帰る。
しかし次の日、
サリーが車の中に発見したのは一人の女の死体だった。

あ~、おもしろかったです。
キュートで痛々しいサリーに
目いっぱい愛情を持って読みふけってしまいました。

ところで、
作中にスティーヴンスンの「箱ちがい」の事がちらっと登場しますが、
このミステリーもやたら面白いので、
未読の方でこの「暗闇の薔薇」を読まれた方は是非お勧めします。
(2001年6月9日)




わたしの中で、クリスチアナ・ブランドは、
児童文学「ふしぎなマチルダばあや」の作家として強く印象に残ってます。
映画「ナニー・マクフィーの魔法のステッキ」が出た後ぐらいかなぁ、
あすなろ書房から「マチルダばあやといたずらきょうだい」
として改めて出版されましたね。
ちなみに、
この「ふしぎなマチルダばあや」の挿絵を書いた
エドワード・アーディゾーニは
クリスチアナ・ブランドのいとこ。
ちなみにちなみに、
エドワード・アーディゾーニが挿絵を描いている
わたしが大好きな児童文学に
「オタバリの少年探偵たち」という作品があるんですが、
これを書いたセシル・デイ=ルイスは
ニコラス・ブレイクという名前で推理小説を書いてます。
と、
本作とは全然関係ないところで終ったりして。
 2015_06_19



コニー・メイ・ファウラー「翼があるなら」
青山出版社

ああ~、よかったです~。
恥ずかしながら、ラスト近くにはもう鼻水すすりながら読んでました。

1960年代のアメリカ南部が舞台の、母と娘の切な過ぎる物語です。
「うんざりなんだ」
いきなり六歳の主人公の少女の目の前で、
店に飛び込んできた父親がリヴォルヴァーを自分のこめかみに押し当てる
というショッキングなシーンから物語は始まります。
自殺すると妻を威す夫に対して、驚く程のクールさを見せる妻。
ただ小さくなって祈るしかない子供。

どうしようもない泥沼にはまりこんだような家族の中で翻弄されつつも、
見つめつづけるしかない主人公バードの
6歳から9歳までが描かれてるんですが、
も~、すっごくバードに感情移入しちゃって、
気がついたら、
一緒になって怯え、痛みに共感し、
かつママを愛してるんですよね。
も~切ない切ない。

ドメスティックバイオレンス、
特に児童虐待を扱ってる作品なんですが、
所々に現れる幻想的な描写や、
バードを取り巻く暖かい目があるので、
切ないけれど、辛過ぎるって感じがないんです。
未来への明るい希望がほの見えるラストも救われました。
でも同時に身を切られるほど辛くもあるんです。

母親の暴力に対して、
感情を封じ込めることで自衛する姉も、
行き過ぎた折檻の後には必ず後悔するんだけども、
どうしても切れてしまうと歯止めが聞かないママも、
みんな悲しくて切なくて……。

バードの強い心の支えとなる黒人のおばあさんのミス・ゾラは素敵でした。
ちょっと魔女めいた強さのある女性で、辛い過去を持っていて。

ああ、すごく良かったです。
この本を薦めてくれた雫さん、ありがとうございます。
(2003年3月7日)




旧読書サイトで、勧めてもらって読んだ作品でした。
たまたまですが、トリイ・ヘイデンの後にこの作品を紹介するのって、
意図したみたいですね。
わたし調べマイナー度でたまたま並んだだけなんですけども。
それにしても、
わたしが読むアメリカ小説って意外と南部が舞台のことが多い気が……
ということを、ふと思ったりしました。

 2015_06_18



トリイ・ヘイデン「最悪なことリスト」
早川書房

最悪なことリストの第一位って何だか知ってる?
「気にかけてくれる人が誰もいない」ことだ。

姉のリリーと共に里親から里親へ転々としてきたデイヴィッドは、
最悪なことが何かをわかりすぎるぐらいよく分かっている。
一つの里親の元に長く居られない理由をリリーは
「あんたが知恵遅れだからよ」と言ったけれど、
それもあるだろうとデイヴィッドは思う。
だけどリリーが問題だったこともある。
口が悪くて、盗みぐせがあって、
いつだったかはカーテンに火をつけたこともある。
それに、里親の家を逃げ出したりしたのだ。

今、
リリーは子供用の刑務所のようなところ「ホーム」にいる。
そして、デイヴィッドは新しい里親の元へ預けられた。
田舎町で一人暮らしをしているおばあちゃんだ。
おばあちゃんは、だまってデイヴィッドを受け入れてくれたけれど、
新しい環境にはうんざりのデイヴィッド。
11歳なのに、一つ下の学年に編入させられて、
クラスメートには
うまくしゃべることや字を読むことが出来ない所為でからかわれるから。
そんなある日、デイヴィッドは茂みの中でフクロウの卵を発見した。
そしてそこで、
飛び級してきたためにクラスから浮いた存在の小さな少女マブと知り合い、
二人でフクロウの卵を孵化させることに……。

これまでさまざまな情緒障害児と接してきて、
その体験を何冊もの本にしてきたトリイ・ヘイデンの、
初めての子供向けのフィクション作品です。
デイヴィッドのもどかしそうな苛立ちがリアルに伝わってきます。

小さな事件の積み重ねの末に、
歩幅は小さいけれど意味のある一歩が踏み出されるというのが好感が持てました。

 2015_06_17



トリイ・ヘイデン「愛されない子」
早川書房

イギリスに永住するためのビザが下りるまでの間、
トリイは情緒障害児(ED)のための独立式の教室の教師となることになります。
重度の情緒障害に加えて小児生糖尿病をかかえた8歳のレスリー、
「境界線上のIQ、注意力散漫、過度に攻撃的」で
過去に早熟な性的行動の前歴のある8歳のマリアナ、
不幸な過去を背負った、小児精神分裂病の11歳のダーキー、
それに、
北アイルランドの紛争で家族を失い心に深い傷を負った3人を加えて
6人がトリイの生徒たちとなります。
そしてもう一人、
不可解なほど人を寄せ付けない雰囲気を持ち、
不倫とアルコール中毒で人のうわさになっている、
レスリーの母親ラドブルックが登場してきて、
トリイを混乱させます。
トリイとまともに会話もしようとしなかったラドブルックですが、
突然トリイの教室でボランティアで
トリイのサポートをしながら娘との接し方を学びたいと言ってきたのでした。

うーん、
今まで以上にトリイが生々しい感じがしました。
同じ大人のラドブルックという存在があったから余計にそうなのかな。
一進一退を繰り返しながら少しずつトリイに心を開いていく姿は
ノンフィクションだから……とはいえ、ホントにリアルでした。

北アイルランド紛争で傷ついた子供たちの姿も切なかったですね。
その中の一人の少女が、
もともとは人と人が殺し合うなんてもう止めてほしいと思っていたのに、
母親と弟が死に、父親までもが殺されたときから心が変わって
「正義とはそのために復讐すること」
だとトリイに言うくだり、
今現在もそんな子供たちが生まれてきてるんだろうかと
切なくなってしまいました。

あと、
作中にトリイが、
自分は愛情を阿るようにべたべたとしてくる子供が嫌いだ
っていう心情を吐露してるシーンがあったんですが、
ああ~っとそこで思い至りました。
今までのトリイの本の中にも、
何人かトリイにベタベタとして彼女をイライラさせてた子たちが居たんだけど、
そっか~、
そういう行動がとにかくトリイは好きじゃなかったのね。
どの子も等しく愛してて、
どの子の問題行動もその根っこを鑑みてみれば……、
ってならないことを隠さないトリイの正直さ。
これはすごいことかもしれないな~なんて思いました。
(2002年2月22日)

 2015_06_16




この間ブログにちらっと書いたとおり、
6月15日も句会でした。
8日、12日、15日と五句出句のリアルの句会があるって、
ちょっとすごくない?
しかも、この三つの句会に共通して出席している人がいるんで、
こっそり同じ句を出すわけにもいかなくて……。
12日の句会に桜桃忌の歌を出したんですが、
15日に、懲りずに太宰の忌で作って出してみました。
雨雲の触れなば落ちん太宰の忌
わたし、13日が桜桃忌だと思い違いしてたけど
本当は19日に死体が上がって、その日が桜桃忌なんですね。
今日言われて、あーそうだったかーってなりました。

そういえば、ネット句会の方も、句会Q以外に、二つほど参加してきました。
新宿屑句会さんと
しこたま句会さん。
しこたま句会さんは
席題が発表されて投句締め切り、選句締め切りがとにかくスピーディで
即吟力が試される!って感じでした。
また句会をキャッチしたら参加したいです。

 2015_06_15




05  « 2015_06 »  07

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

プロフィール

Sima

Author:Sima
わたしが超個人的におすすめする児童文学100選
是非コメントください。
よろしくお願いします。

カテゴリ

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

ランキング




PAGE
TOP.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。