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今年最後の本が、
コレってどうなんだと
思わないでもないものになっちゃったけど、
来年一回目に回すよりはマシかも。
絶対に万人受けはしない、
と断言できる一冊です。




リチャード・カリッシュ「THE ZOO」
講談社

マイケル・フェレットは、
動物世界の両巨頭、
ぬけめのない資産家スライ・フォックスと
戦争好きのムエルテ・バザード(アメリカハゲタカ)を伴なって、
老賢者アウルの元へ訪れた。
近ごろ精神生活を大切にするあまり、
彼らの生存本能が徐々に弱くなって来ている
という危険な動物世界をいかにすべきか…。

アウルの
「動物世界においては無知こそ幸いなり。
動物は食物だけで生きていける」
をスローガンにし、彼らは動物世界を思うがままに牛耳る。
それは、
アウルのスローガンと意見の異なる思想家などの危険分子を
「動物園」に監禁し、
徐々に動物世界に恐怖政治を敷いていくのだった。

うへ~。なんとも言えない救いのない怖い話。
ジョージ・オーウェルの「動物農場」っぽい話なんですが
(というか、完全に「動物農場」を意識して書いてるような雰囲気)、
本書はなんとも不思議なことに、
彼ら4匹のアジテーションによってやすやすと進んで行くんですよね。
そういうストーリー展開はちょっとゆるいかなぁとも思わないでもないけど、
どんどん悲惨な状況へと転がっていく暗い熱さがなんとも…。
二転三転する展開の中に一瞬の救いが見えたかと思うと
あっさりと世界は四匹の手の中へ落ち着いてしまうし。
ううっ、
なんて本を読んでしまったんだ…と思いながらも、
最後まで見届けなくちゃ収まらないのですよ。
面白くないわけじゃないけど、楽しくない。
そんな感じかなぁ。風刺もので全然笑えないのはつらいなぁ。

「動物農場」といえば、
「アニマルファーム」という映画を観たことがあるでしょうか?
これが児童文学の名作映画化「ベイブ」を手がけたスタッフが
製作したというやつで…。
パッケージは一見いやどうみても子供向けの映画です。
子供向けに見せかけて、
でも中身はまるっきり「動物農場」なの。
我が家の子供たちはうっかりコレを借りて観てしまい、
随分怖い思いをしたらしいです。
(2005年6月)




リチャード・カリッシュなる作家がどういう人か、
わたし以外のこの本を読んだ人が
どういう感想を持ったのか。
実はよくわかりません。

名前だけをGoogleで調べて、
その検索結果の数だけで競う
「わたし調べマイナー度」で18,500件という数を
たたき出しておきながら、
ほとんどが本のネット販売と図書館の蔵書のページに
行き着くという。
うーん。
とりあえずわかったことは、
少なくとも日本では本書しか出てないらしいということ。

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 2014_12_31




さて、
通常なら、この曜日は
大須賀乙字の生涯をなぞる
「わたしの乙字のーと(仮)」なんですが、
今年最終日で、
且つ
区切りがいいので一旦休憩。
来年からは第六章として、
乙字の最初の結婚の顛末を纏めたいと思ってます。
乙字と妻千代との結婚生活は、
ほぼ、乙字とその師である河東碧梧桐とのバトル期間と重なります。
あと、
最近、あんまり乙字については書いてなかったので、
ここらでしっかり、
乙字の人柄とかがつかめたらなぁ、
とか考えてます。

ここまで纏めて来て、
まだ孫引きの未確認情報ばっかりだなぁと
改めて思います。
でも、明治時代の発行部数も少ない俳句雑誌、
俳句ペーパー的なものは
なかなか目に出来ないよ。
この後の関東大震災や東京大空襲から難をのがれて、
且つ
遺族が捨ててないものって
スゴイ低確率な気もする。
うーん、コツコツ探すしかないですね。
特に
新傾向俳句の収集が必要かなぁ
と思ってます。

来年も引き続き纏めて行きますので、
皆様のご意見ご感想を
是非お待ちしております。

 2014_12_30



イヴリン・パイパー「バニー・レイクは行方不明」
ハヤカワ・ポケミス

最愛の娘バニーと共に
大都会ニューヨークに出てきたばかりの若い母親ブランチ。
彼女は仕事のために、
三歳のバニーを保育園に預けましたが、
その日の夕方その保育園へバニーを迎えに行くと、
そこにバニーの姿はなかったのです。
慌てたブランチは、
保育園から警察からバニーの行方を捜すために奔走しますが、
娘の姿は全く見つかる気配がありません。
それどころか、
保育園ではブランチとバニーを預かる契約などしていないと言われ、
警察でもどこでも、
本当にブランチに娘がいることすら疑われてしまうのです。
ほとんどのものがまだ元の家に置いてきてあること、
ニューヨークに来て日が浅いので、
誰もブランチとバニーが一緒に居た姿を見たことがないことなどから、
状況はほとんど、ブランチの精神障害と見られることに……。

ポケミス名画座の第二弾です。
元の映画、全然見たことも聞いたこともないんですが、
なかなか面白かったですね。
いきなりめちゃめちゃてんぱっちゃってるブランチの姿に
最初は引きましたが、
気がつくと、
ブランチと一緒に混乱の極みの中にいる私。
恐ろしくハイテンションなミステリーで、
こういう本がつづくと体力が持ちませんが、
たまによむ分にはかなり面白かったです。
(2003年5月21日)

こういう話、ありますよね。
ジョディ・フォスターの「フライトプラン」も
テンションがすごすぎて、ちょっと引き気味だったけど、
まあ
よく考えれば、
頭おかしくなりそうなパニックになるよね。


 2014_12_30




半年に一回ぐらいしか食べないので
これはもう好物とは言えないかもしれないけど、
明太釜玉うどんが好きです。
しかし、
毎回、明太を余してしまうんです。
明太の量を減らして下さいと
オーダーするのは可能だろうか

ということを
すき家で
多分今年最後の
おろしポン酢牛丼ミニを食べながら
つらつら考えていました。

ということで、
「角川俳句」1月号の
「注目の若手俳人21」の感想3回目。


おほきな葉うらもおほきく冬ぬくし 堀下翔

大きな葉があって、その葉の裏も大きい。
当り前だろ、
大きい葉をめくったら裏は意外にちっちゃかったら驚くわ。
というのを、
「おほきな葉うらもおほきく」と
のびのびと詠んでるとこが
大らかであったかい。

「おほきな葉うらもおほきく」
のひらがなのバランスとか
「冬ぬくし」と、下五で世界がぐっと広がって行く感じとか
上手いんだなぁと思います。
朴落葉あたりを想像して読みました。

ちなみに、
同号掲載の
「第6回石田波郷新人賞」の正賞の受賞作20句も
やっぱり上手い人という印象。
ちょっとした光と影が
色んな形で詠まれてる感じがしました。


石鹸のネットに砂や冬めきぬ 小野あらた

なんか、若さ溢れる句だなぁと
思いました。
ネットに包まれた石鹸なんて
どのぐらい見てないんだろう。
しかも
砂ついてる。
蛇口の首のとこにぶら下がってるヤツのイメージがします。
ちょっとネットの中でひびが入ってると尚良し。

下五の「冬めきぬ」が、
またイイ感じについてる気がする。
春めいても、夏めいても、理が勝ってるし、
秋めいてたら、ちょっと違う。
この「冬めきぬ」の
ちょっと強引な置き方が好きだな。

あ、
このネットが
洗顔の泡立て用のネットだったらどうしよう。
ちょっとめかないな。


とほくまで木に影のある淑気かな 今泉礼奈

目のいい人なんだな。
ずっと遠くに目をやって、
その向うの木の影を見つける。
目のいい、
というか
いい目の人なんだな。
って
思って読んでいたんですが、
もしかしたら
木の影が、
すうーっと遠くまで伸びている
という景が見えたのかも知れません。
何かに遮られることも、
他の影にまぎれることもなく
影が見えている景ってのも
やっぱり「淑気」だなぁ。

この今泉さんも、
「第6回石田波郷新人賞」のページ載ってる。
奨励賞を受賞されたとかで20句。
やっぱりいい目の人という印象の句が並んでる。
清潔感となめらかさと、ちょっと甘さがあって
読んでて気持がいい句が多かった。

 2014_12_29




ベン・オクリ「満たされぬ道」
平凡社

うーん、あらすじを紹介するのが難しい
マジック寄りのマジックリアリズムって感じですね。
上巻の途中までは、
実はアレレ……という感じだったんですよ。
面白くない、分らないという訳ではないけど、
面白いとも言い難くて……。

ところが、
どんどん読み進んで行くうちに、
気がつくと物語の世界にずっぽり引き込まれてるんですよね。
なあんだ、
単に最初は私が物語のリズムに入れずにいただけだったのね。
と言うわけで、
大満足の読了といえましょう。

同じ母親から何度この世に生まれても、
居心地のいい精霊の世界へと帰ってしまう、
つまり死んでしまう子供のことを「アビク」というんだそうです。
ナイジェリアの伝説なんだとか。

この物語は
人間の世界で生きつづけることを選択した「アビク」、
アザロという少年の物語。
精霊の世界と人間の世界を行き交う少年アザロと
彼を取り巻く人々が描かれてるんですが、
幻想的でありつつ、
独立前のナイジェリアが舞台だけに
混迷する政治が、
少年の暮らす貧民街にも不思議な影を落としてるんですよ。

アザロの幻想的な様々な体験も面白かったんだけど、
現実の人々の姿がまたよいんですよね。
「現実のはずれ」のバーのマダム・コトの巨大な姿、
地下活動をしている写真屋、
盲目の老人、アザロの友達の少年エイド。
ボクサーになろうと思ったり政治家を目指したりと
破天荒な父親も良かったですね。
でもなんと言っても
アザロの母の姿が切なくて良いんですよ~。

「母さんのため息は絶望に満ちているけれど、
肺の底に、吐きだす息の最後の部分に、希望がある」
そんな母親を幸せにするために
この不自由な世界で生き伸びようと決意するアザロ。
うう~ん、哀しくてやさしい物語ではないですか。

混乱と魔法に満ちた「生」の世界、熱かったです。
(2002年8月6日)




1991年ブッカー賞を受賞した作品です。
 2014_12_29




本当は、明日アップするつもりだったけど、
可愛い落書きが描けたので
どうしても今日上げておきたい。
ということで、
ちょっと順番を変えて
「角川俳句」1月号の感想 その2を
アップすることに。

これまで掲載順で感想を書いてたんですけどね。
前回と同じく
「注目の若手俳人21」から。


もの落ちてしんと明るき障子かな 生駒大祐

端正な句。
わたしは、
この落ちた「もの」を
雪がぼとっと落ちたところと読みました。
作者は、部屋の中にいて、
外で、どさっでもぽさっでもいいんだけど、
何か落ちる音がしたのを聞いて、
雪が日にゆるんで落ちたんだなって想像だけする。
みたいな。
で、その後はまた静かになって、
音のした障子の向こうを
障子越しにまだ見てる作者がいる。
いいなー
かっこいいな。
端正すぎる程に端正な句だな
と思います。


汝が来るにポインセチアのおきどころ 安里琉太

この句をパッと読んですぐに
女来と帯纏き出づる百日紅 石田波郷
を連想した。
この句は、
俳句を始めたばかりの頃に
おおっクソかっこいい
と感銘を受けた句の一つ。
蒸し暑い夏の昼、だらしない恰好で家でダラダラしていたら
急に女が訪ねてきたので
慌てて帯を巻いて出たという情景。
QBKならぬQOK。
でもその他の身支度とかちゃんとしないところが
無頼っぽくて艶っぽくてカッコいい句。

で、掲句なんだけど、
こちらは急にじゃなくて、
あらかじめ分かってる訪問を前にした景だね。
華やかでクリスマスムードが高まるポインセチアだけど、
その分インパクトと圧迫感があるから、
部屋に飾るにしても、その置き所が問題。
ポインセチアの鉢を持って
部屋中を見回してる感じがかわいらしい。
透けて見える期待感も、ちょっとだけ。
やっぱりかわいらしい句だな。


蟹達のたましひ信じ涙出づ 谷雄介

おっ
これはアレだ。
「不思議の国のアリス」の
「どうして小さいわにの子は きらきら光る尾をつかい」
のアレだ
と思ってから、
あ、ちょっと違うか
セイウチと大工のセイウチか。
っていうか
「鰐の空涙」と言いたかったんだ、わたしは。
という遠回りを一人で繰り広げてしまいましたが、
そんな感じの句だと思いました。
その前の一句目が
とほくまで来てスシローの蟹まつり 谷雄介
ですからねー。

やっぱりセイウチか。

落書きしたら
けっこう可愛く描けたので↓
sei01.jpg

蟹のところで力尽きた。
っていうかパクリ哉。

ちなみに、
「蟹」は夏の季語。
海水浴や川遊びの際に見かける生きてる小蟹。

食すやつは
今、ネットで探してみたら
ずわい蟹やたらば蟹は冬の季語
と、書いてるところがありました。
わたしの持ってるやつには特にそういうのはなかったな。

 2014_12_28




五 新傾向の終焉(明治四十四年~
 「ホトトギス」雑詠欄復活

さて、
ここでまた「ホトトギス」がその頃
どんな感じだったかを
見てみたい。

以前の記事で
明治四十一年八月に「日盛会」が行われ、
その最終日に
高浜虚子が
「小説に専念するためにしばらく俳句を中止する」宣言を
したと書きました。
「国民新聞」俳句欄の選者も、虚子から松根東洋城にバトンタッチ。

では、明治四十四年頃はどうだったか。
実はこの頃、「ホトトギス」は経営難に苦しんでたんだとか。
文芸誌として小説にぐぐっと舵を切った「ホトトギス」ですが、
夏目漱石が「我輩は猫である」「坊ちゃん」などを寄稿してたころは
好調だったみたい。
でも
その漱石が新聞社に入社して、今までのように寄稿してくれなくなると
読者が減って来て、
最盛時の三分の一強に売り上げが落ち込んだんだとか。
河東碧梧桐選の「日本俳句」の投句数と
奇しくも似たような減少率……
なんて、
そもそもの分母の数が違うんで。
で、この売り上げの減少は
虚子の生活にも「ホトトギス」の存続にも掛かる大問題なわけ。

そこで虚子は「ホトトギス」再興をかけて、紙面を刷新することに。
坂本四方太や内藤鳴雪などとの相談を経て、
「ホトトギス」は「ホトトギス」同人の寄稿をメインとする
という方向に定めたらしいです。

実は、虚子としては、
この際俳句を全廃したい
という方向で考えてたらしいんですが、
鳴雪の大反対や、
各地の「ホトトギス」同人から俳句復活の強い願いがあって、
断念したんだとか。
内藤鳴雪がいなければ、
今の「ホトトギス」、
というよりは、現在の俳句状況はなかったかも。

まあ、そんなこんなで
明治四十五年「ホトトギス」五月号に
虚子選の雑詠吟募集の告知が小さく掲載されます。
同号の「消息」欄で、
虚子が書いている文章がけっこうあけすけで、
「取り敢へず雑吟の選でも思ひ立ちたる儀に候。」
とのこと。

この頃の「ホトトギス」は、読者が減少、投句数も減少、
選者もだんだん不熱心になって、
原稿が届かないこともあったとか。
そんな現状を打破しようと始まった雑詠吟募集。
これが、なかなか熱い歓迎を受けます。
しかし、紙面の割合からしたら、ホントちょっぴりで、
第一回は、入選句二十四句。
一番最後の「消息」欄の終りの余白を埋める程度だったらしいです。

この「ホトトギス」の俳句復活について、
大須賀乙字は、俳論「現俳壇の人々」の中で、
小説に行き詰って俳句に戻って来たものである
と見てます。
また、
『大須賀乙字伝』では
石井露月が
「虚子は商略として俳句に復活したのである」と言ったとあります。
ともあれ、「ホトトギス」俳句復活の巻でした。

 2014_12_28




ベン・オクリ「見えざる神々の島」
青山出版社

不思議な物語でした。
生まれつき姿の見えない青年が、
「不可視」と「可視」の秘密を見つけるために旅に出て、
見えざる島で神秘的かつ哲学的な体験をする、
そんなストーリーなんですが。

難解、
といえばすっごく難解ですねぇ。
くっきりとしたストーリーがなくって
全編哲学的な示唆に満ちてるという感じで。
私はあんまり哲学的な部分を楽しむということは出来なかったんだけど、
少ない言葉を操って神秘的な情景を描写してるんで、
それを楽しんでたって感じですね。
そうそう、
この本に登場する哲学的な示唆ですが、
どう表現していいのか分らないけど、
その考え方自体は
日本人にとって全く難解過ぎるってことはないんじゃないか
と思いました。
例えば宙に浮かんだ橋を渡るシーンが登場するんだけど、
主人公が案内人に「何が支えているのか」と聞くと、
「渡る人のみが支えている」と答えるんですよ。
渡り始めた橋がいきなり火の橋に変化した時にも
早く走れば早く走るほど、
渡ってきた距離が小さくなって火の威力も増し、
ゆっくり渡ればぐんぐん前に進んで火も熱くないということに気が付くとか。

わかろうとするのを止めた時に
理解は彼方からやってくる。
なんて、
禅っぽい考え方だなぁなんて思っちゃいました。

全編こういった不思議に満ちてて、
ストーリー的には全然すすまないんだけど、
それだけにラストはどういった形になるのかがすごく楽しみでしたね。
(2002年7月28日)




作者ベン・オクリはナイジェリアの作家。
ということですが、
9歳までイギリスで育って、
その後いつ頃までナイジェリアにいたのかわからないけど、
またイギリスに戻ってるので、
生まれも育ちもナイジェリアという人ではないみたい。
1991年にブッカー賞(国際ブッカー賞じゃなくて)を受賞して、
2001年には大英帝国勲章を受勲したとか。
ちなみにこの勲章は、バンバン外国人にも与えられるみたいですが。

 2014_12_28




けっこう前に、
ニューカレドニア産のかぼちゃを買った。
おおー
天国にいちばん近い島のかぼちゃ。
ってことで、
買ってみたらけっこう美味しかった。
それから、しばらくして
同じお店にいったら、
今度はトンガ産のかぼちゃになっていた。
味はニューカレドニア産の方が美味しかったけど、
まあ、色味から違ったから
別の種類の南瓜かも知れない。

南瓜料理といえば、
やっぱりアレ
ニシンとかぼちゃの包み焼き。
「魔女の宅急便」で、
上品そうな白髪のおばあさんが、
自分とあまり年齢の変わらなそうな女中(?)を捕まえて
「ばーさんばーさん」と言いながら作るあのパイ。
ニシンってわたしの近辺では見つからないので、
手っ取り早くツナ缶を使いましたが
魚と南瓜、意外に合うのでびっくりです。

そんなことよりも、
「角川俳句」1月号が面白かったので
その感想を書きながら、
今年は終りたい所存。

特に面白かったのが
「注目の若手俳人21」

自転車が蝉の羽音を立てて去る 佐藤文香

なんか好きな句。
この「蝉」が季語として機能するかどうか、
それはよくわかんないんだけど、
夏の季感はある句だと思う。

「蝉の羽音」だから、
あのカタカサカタっていう
乾いた感じの音だよね。
自分の横を通り過ぎた自転車から聞こえてきた音が、
「蝉の羽音」をさせてた、と。
結構なスピードで、
もうどっか去っちゃって、
それが自転車だったことと、
蝉の羽音がしてたことだけ
作者に残される。
ちょっとだけ涼しいような。

北風や濡れて渚の砂緊まる 村上鞆彦

あー、そうそう
砂浜の砂が濡れて「緊まる」感じ、
すっごく分かる。
正直、冬の海へ一人で行って
砂浜を歩くとか、
錆びたナイフやピストルを掘り出すとか
ちょっとその辺の心情になるとわかんないけど、
濡れて「緊まる」感じは分かる。
夏のアホみたいに騒がしい海でも
感じるんだから、
冷たい風の吹く冬の静かな海なら
なおさら、
足に緊まる感じが伝わって来るんだと思う。


まばらなる観客に熊立ち上がる 平井岳人

うわー、なんか切ねー。
と、パッと見から思いました。
で、あれを思い出しました。
「ホテル・ニューハンプシャー」の熊。
スージーじゃなくて、フロイトの熊の方ね。
で、その後、
北村一光の「ファントム・ピークス」思い出して、
八幡平クマ牧場を思い出して
超うつ。
この句の熊は、皆から愛される動物園の熊であってほしい。

この句の季語は「熊」で冬。
なんで冬眠期間の冬の季語なんだと思わないでもないけど、
熊猟か、あるいは熊害のイメージなのかなとも思う。
あったかい時期の熊って、
不思議と想像出来ない。
あの
かわいらしさとエヴァっぽさが両立するマレーグマぐらいか。

とりあえず、
今日はここまで。


 2014_12_27




今回転載する感想は、
比較的短いんで、2作分。




リチャード・ニーリィ「殺人症候群」
角川文庫

これはサイコ系のミステリーだったんだけど、
面白かったですね。

引っ込み思案で内気なランバートと
全てにおいて積極的で自信にあふれたチャールズ。
正反対とも言える彼らが出会い、たちまち親友に。
しかしランバートを愚弄した女を
チャールズが殺害してしまった。
やがてチャールズは自らを「死刑執行人」と称し、
残忍で大胆な連続殺人犯へと変貌して行く……。

ある意味古典的だけども、
あっ!と驚かされるラストと、
関係者の心理描写がよかったですね。
ウンウン。面白かった。


リチャード・ニーリイ「日本で別れた女」
ハヤカワ・ポケットミステリーブック

まず冒頭の
終戦直後の日本を舞台にした
若い日本女性と進駐軍のアメリカ人青年の恋を描いた手記
みたいな小説に「ゲッ」と思っちゃいました。

が、これ、
結構面白かったですよ。
夫スコットが若い頃に書いた小説と
古い日本での写真を見つけた妻ティナ。
スコットがまだその日本の女と付き合っているのではないか
と疑うティナは、
たまたま近くに来ていたイトコのガードナーに
夫の身辺調査を依頼します。
気が進まないまま
ティナの肉体的な魅力に負けたガードナーは
素人探偵のまねごとをはじめますが、
ある夜、
スコットの家を訪ねたガードナーを待っていたのは
そのティナの死体だったのでした。
目撃者はスコットとティナの養女キャサリンだけ……。

二転三転してたどりつく真相に、
はぁ~っと溜息をつかされました。
悪い意味じゃなくて。
殺人事件なのにどこかのんびりしてて、
ラストの後味もわるくなかったです。
うん、面白く読めました。




リチャード・ニーリィはアメリカの推理作家。
この二作品の感想がPCに残ってたんですが、
読了年月日を書き入れ忘れてたみたいで、
ちょっとわからなくなっちゃいました。
上記の感想を読んでも、
その温度差が解りにくいだろうと思うので、
付け足しますが、
「殺人症候群」の方がより面白かった記憶が有ります。

 2014_12_27




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プロフィール

Sima

Author:Sima
わたしが超個人的におすすめする児童文学100選
是非コメントください。
よろしくお願いします。

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