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前回ヴォートランについて
付け足して書きたいことはもう書いちゃったし
以下の転載文が結構長いので
とくに書くこともないかなー。

ジャン・ヴォートラン「グルーム」






ジャン・ヴォートラン「グルーム」
文春文庫

うわ…。
久々のヴォートランはやっぱり暗黒(ノワール)だった~~。

ハイム・ブロンシュタインは、
片足に障害のある中学美術教師。
なんですが、
かなり痛い精神を病んだ男で、
仕事しないで、
自分の空想の世界にどっぷり漬かって
日々を過ごしています。

エレベーターつきの古い家で、
母親イルマと共に暮らしているハイムは、
「アルゴンキン・ホテル」の
12歳の客室係としてのハイム坊やとなり、
怪しげなリアリティに溢れた世界で遊んでいるのです。

アメリカからやってきたポーターの黒人(麻薬中毒)や、
彼の兄でベトナム帰りのシド・ヴィシャスや、
嫌味なフロント主任サタナス氏、
色情狂の宿泊客パメラ・アパークロンビー、
ハイムが妊娠させてしまった13歳のジェーファ、
元宿泊客で、
現在はハイムがホテルの向かいのアパルトマンに住まわせているピング氏
などなど、
このハイムの空想の世界の登場人物たちが
妙に生彩を放ってるんですよね。
恐ろしいぐらいに。

そして、
現実世界と空想の世界が入り混じったところから、
世界は綻び始め、
狂気が全てを支配していってしまうというこの展開…。
あ~ヴォートランだぁ~~。

現実世界に暮らしてる筈の人が、
いつの間にかハイムの空想世界の住人に変わっていくとか、
どっからどこまでが現実なのかが
めちゃめちゃ曖昧なんですが、
これが作品の魅力の一つと言ってもいいかも知れません。

現実の人物の一人に、
サラ・ドッドルドーって、
赤毛のセクシー女刑事(デカ)が登場するんですが、
この人もそうとういっちゃってる人でしたね。

ヴォートラン作品の刑事って
大概いっちゃった人だけど、
サラも、一見フツーに肩肘張った女刑事、
だけど、実際は。(笑)

登場人物の一人に、
「鏡の中のブラッディ・マリー」
の登場人物が居たのもうれしかったです。
そうか~、
元気にやってるのねって感じで。

内容も描写も、
かなり性的にも暴力的にもえぐい作品で、
読者を選ぶとは思いますが、
実は意外とこのえぐみが、
ずど~んと後を引くような事がないような気がします。
どっか空虚なところがそうさせるのかな?

とりあえず、
ヴォートランの他の作品を読んだ人には、
こちらも是非読んで欲しいですね。
それ以外の方には……
自己責任でどうぞ~。
(2003年5月9日)




次回からは、アリステア・マクラウド。
三作を三回に分けて転載いたします。
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 2014_09_30



三 新傾向の発見(明治四十年~四十二年)
 俳論「俳句界の新傾向」 その二

大須賀乙字の発表した俳論
「俳句界の新傾向」とは何だったのか?
今こそ俳句界に「新傾向俳句」をぶち上げましょうぞ!
という俳論ではありません。

簡単に言うと、
最近の俳句界では、
こんな傾向がありますな
この感じ、イイじゃないっすか
新しい方向じゃない?
この方向で開拓してくべきじゃないっすか
という俳論です。

えーと
もうちょっと詳しく書くと
まず、
正岡子規以降の俳句は写生法ということ。
丹念な写生が、印象明瞭の句を生む、というわけです。

狭い空間、短い時間における現象を、精密に言い表す
これが印象明瞭な句というわけで、
今流行の言葉になっちゃって
申し訳ないような恥ずかしいような感じですが
ありのままに、
物事を写すから、物の本質が明瞭で理解もしやすい、と。
これを、「直叙法」もしくは「活現法」と乙字は名付けてます。
平明な中に詩的感情を刺激して、無限の滋味がある
と、
これはまた手放しな讃美じゃないですか。
別にこれで行けばいいんじゃね?
という感じになっちゃいそうですが、
実はそうもいかない…。

例えば
かくれんぼ鬼出る鶏頭林かな
という句を見てください。
乙字は、
単に平凡なことを叙しただけじゃ、詩情がないし、
鶏頭が菜の花でもなんでもいい、
ってな事だとイケナイわけです。

上野出るや青森に行く寒き汽車
のような、句は、もっとダメ。
写生の堕落したやつだとおっしゃいます。
「新聞の講談愛好者」とまでいってます。
ちなみに
これらの二句については
誰の作とか書いてません。
私の想像では、
当時乙字が選をしていた「東京日日新聞」への投句のもの
か、それに近いものじゃないかなぁ。
書き忘れてましたが、明治三十八年冬から、
乙字はこの新聞の俳句欄の選者に抜擢されてます。
東京に出て一年ちょっとの話です。

で、この写生の反対の描写法
それが見られるのが
芭蕉や蕪村などの俳諧に見られる方法で、
季題の特性を生かして、それによって本体を彷彿とさせる、と。
俳句の特色は、むしろこの方に多いと思われる
と、乙字は書いてます。
百年の気色(けしき)を庭の落葉かな 松尾芭蕉
のような、ね。

これもまた、問題があるわけです。
っていうか、子規以降の写生法以上に失敗しやすい。
それが「月並」ってやつみたいです。
理屈で納得させるんで、厭味があって俗っぽい、
そんな「月並俳句」に陥りやすい
というわけです。
だからこそ、子規は写生を言ったと。

ちょっと乙字の俳論からずれますが、
この「月並」という言葉。
今現在は「つきなみ」といえば、
平凡、ありきたり、陳腐
という意味で一般的に使われるわけですが、
もともとの言葉の意味は
毎月、月ごと、月例
というような意味。
この言葉に、
「ありきたり」みたいなちょっと負の要素を加えることになったのは、
正岡子規の仕業といってもいいんじゃないでしょうか。
子規が、俳句改革の時に、
毎月一回の月並句会で江戸俳諧の流れの淀んだ、
風流ぶりっこで陳腐な句
について「月並俳句」と総称したことから、
月並=ありきたり、陳腐
という意味がついてしまったわけです。
月一の句会で俳句やってるのが月並俳句なら、
現在の一般俳句愛好者のほとんどが月並じゃね?
新月並ってわけ?
と思った人があったら、残念でした。
新月並という存在は、実はすでに大正時代に登場するのでした。
これも、乙字の生存中に出て来る言葉なので、
そのうちにここで触れることになるかもです。

うーん、脱線が長くなりました。
かなりすでに長くなってしまったので
ここで切って
続きはまた。

 2014_09_30



この人は
というか、
この人も、フランスの作家。
なんでしょうか、
日本では現代フランス小説っていまひとつ人気がない?

まあ、それは置いておいて。
84年にドゥマゴ賞、89年にゴンクール賞など
フランスの大きな賞を色々受賞してるんですが、
これがまた
ほとんど日本で出版されてないという…。

まあ、わたし自身も、
4作出版されてるうちの3作しか読んでないので
大きいことはいえないかも。

ちなみに
「パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない」は、
私の読書ブーム初期の頃に読んだもの。
衝撃的に面白かったですね。

ちなみに
「ビリー・ズ・キック」は、
もちろんアメリカ西部開拓時代のアウトロー
ビリー・ザ・キッドのもじり。

ビリー・ザ・キッドといえばアレだよね
というと
ボブ・ディランかエミリオ・エステベス。
まあ他にも色々あるかとは思いますが。
映画「ヤングガン」よかったよね~。
と、脱線したところで
以下から転載。




ジャン・ヴォートラン「パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない」
草思社

パリ郊外の団地。
そこに付属する教会の入口で、
結婚式を済ませたばかりの新婦が
何者かによって狙撃されるという事件が起こります。
彼女の手の中には
「ネエちゃん、おまえの命はもらったぜ!」
と書かれた紙切れが。

捜査を担当するシャポー刑事は
そのメッセージの署名を見て愕然とします。
「ビリー・ズ・キック」
…それは彼自身が、
娘のために創造した物語の主人公、
でたらめな快楽殺人者の名前だったのです。

スーパー刑事を夢見る、身長にコンプレックスを持ったシャポー。
森の中で売春をしている美しい妻ジュリエット。
団地の住人の一人を除いて、
ほとんどの人の局部を覗き見している七歳のジュリー・ベルト。

このジュリーを主役にしての
フレンチ・ミステリーなんだけど、
とにかく
まともといえる人が登場しない
かなりキテるお話。
あまり読後感のよくない作品ですが、
引力強いです~。
(2001年1月22日)


ジャン・ヴォートラン「鏡の中のブラッディ・マリー」
草思社

異常なまでに秩序に拘る刑事、
二重人格のその妻、
飼っている九官鳥に人種差別用語を教え込む老人、
下水道で双頭の巨大な鯉と格闘する男、
アフリカにすむ元妻への愛憎を抱える黒人の窓拭、
軍隊からごっそりと手榴弾を持ち出した休暇中の志願兵。

そして、パリの街に次々と手榴弾が炸裂。

きっつい話です。
みんなかなりいっちゃってる人ばっかりなんだけど、
中でも、
手榴弾男ジャン・イヴの義父、
下水道で鯉と格闘するおやじには泣かされます。

前作
「パパはビリー・ズ・キックをつかまえられない」
もかなりすくわれないラストですが、
こっちも救われなさは同等か、
それ以上かってかんじ。

でも、
なんかはまる不思議な勢いのある作品でした。
(2001年3月16日)




ノワール
という言葉ががっつり嵌ります。

刑事が、とくに口が汚くて
ガツガツしてて、性格がウネウネにねじれてる。

わたしの中のノワールはこういう人が必須なんですが、
それってヴォートランの影響が大なんだろうな。

 2014_09_29




いきなり何なんだというタイトルで
ちょっとごめんなさい。
専業俳人さんについての話では
ないです。


現在、所属結社の結社誌の方で、
「俳句月評」というコーナーを
1月から一年間担当させてもらってて
月評だっつってんだろと言われるのを覚悟で
コーナー名ガン無視で
大須賀乙字の句の鑑賞とちょっとしたエピソードなどを
紹介させてもらってます。
お叱りの声はまだ聞いてません。
あ、そのページ読んでないわ
という人が多いんじゃないかなー
と、うすうす思ってますが。

この「俳句月評」というのを、
過去何回か担当させてもらいましたが、
その時はちゃんと、
他俳誌の近々の号を読んで感想や鑑賞書いたり、
その時々の
割と新鮮味のある話題とか書いてました。

何年前だったか、
「俳句売ります」という副題で
このページの記事を書いたことがありました。

それは、
ネットで、そういうサイトを発見したという話で、
商売上でぐっとくるような
彩りというか煽り的、コピー的な俳句を作って差し上げますよ
というものだったと思います。
当時
なんでも商売になるんだなぁ
というか、売れてるんかな?
ってなことを思ったハズ。

さて、
この間の話ですが、
ナカナカ俳句って上手くならないよ…
ということで、
思い切って初心に戻ってみるかと
「俳句の上達法」
というステキキーワードでネット検索を掛けていると
俳句のプロが上達法を伝授してくれる
というサイトを発見。

ほほぅ…
と、開いてみると、
アレでした。

アトピーが治るとか
痔が治るとか
競馬に勝てるとか
で、よく見る
有料でノウハウ教えます
的なものでした。

ちなみにわたしが見たサイトは
エキスパートと三ヶ月集中上達コースがあって、
(どっちも三ヶ月なんですが)
エキスパートが三ヶ月で9800円
集中上達が三ヶ月で4800円。
どちらも毎月二句までメールで送れば、
俳句のプロが添削してくれる、というもの。
ちなみに、エキスパートコースには、
プロの肉声の句の解説を録音して返信してくれるみたい。

3句から6句見てもらって4800円ないし9800円。
高いか安いかといえば、
わたしなら高いと思いますが、
どうなんでしょうね。
これも商売になってるんでしょうか。
似たようなものでも
出自がなんとなくしっかりしてそうに思える
NHK学園の方に人が集まりそうだけど。

でも
俳句のプロの肉声の解説を録音して返信って
なんかオリジナルでイイねー。
真面目っぽい中にこういう小ボケを放り込んでくるセンス。
きらいじゃない。
でも
俳句は上達しそうにないなぁ。


 2014_09_29



ナギーブ・マフフーズ 「渡り鳥と秋」




ナギーブ・マフフーズも、
ノーベル文学賞受賞作家。
以下の文の冒頭の西暦は、
ノーベル文学賞受賞の年です。

エジプトの作家で、作品の多くがイスラム圏で映画化されたと、
Wikiにありますが、
同時にイスラム原理主義に批判的な立場で、
反イスラム的と批難をうけ、多くのアラブ諸国で発禁となり、
サルマン・ラシュディの死刑宣告について、
その宣告を拒否するようにイスラム世界に呼びかけ、
イスラム過激派に首を刺されたりした人みたい。
そして、亡くなった時は国葬が行われたという。
なんか
「ノーベル文学賞」
っぽい感じ。




□1988年 ナギーブ・マフフーズ

「渡り鳥と秋」文芸社

うう~ん、うう~ん。
なんと言ったらいいのでしょうか?
とにかくやな主人公の作品でした。
作品自体は良かったんですけど。

この作品は、
「アラブを代表するノーベル文学賞受賞作家ナギーブ・マフフーズ」
の代表作なんだそうです。
ってゆっても1962年の作なんだけどね。

物語は
1952年1月にスエズ運河で起きた
イギリス人兵士によるエジプト人警察官の虐殺
につづく有名なカイロ大火の描写で幕を開けます。
(この辺りまるまる帯の文章丸写し。
私はその有名な大火を知りませんでした。)

エジプト革命によって、
君主制が無くなり、社会、政治が急速に変化し、
それによって政府の上級官吏だった主人公イーサーの人生も
大きく変わります。腐敗した役人の粛清にかかってしまい、
免職となってしまったのです。
元々は政治的な思惑があった婚約とは言え、
支えて欲しい当のフィアンセからは婚約を破棄され、
すっかり投げやりになったイーサーは、
向こう二年の間保証された給料と、
官吏時代に溜めておいた賄賂を当てに、
年老いた母を一人カイロに残し、
アレキサンドリアで仕事もせずにふらふらとすごし始めます……。

このイーサーってヤツが
ホントに嫌な男なんですよ。

順風満帆に見えた人生が
180度変わってしまってからはもう、
自己憐憫のかたまり。
世をすねて、
一人ぼっちでやけくそな暮しを続ける
ってゆーならば、
まあ別に勝手にすればいいんだけど、
街で拾った女の子が妊娠すれば、
女狐毒蛇呼ばわりして冷たく捨てるし、
財産目当てで離婚歴のある女と結婚すれば、
なんの心の痛みもなく、ギャンブル三昧。
ううっ、
イーサーに天罰を……
と、ついつい夢中で最後まで読んでしまいました。

政治的な話が結構あるんですが、
難しくてわから~~ん
って感じはあまり受けなかったですね。
こんなやな男イーサーですが、
作者は、
多分意図的にだと思うんだけど、
淡々と彼の内面を語り、
何の批判もしてないんです。

ラストの淡い苦みが
余韻となって残るような作品でした。
(2002年5月7日)




なんか政治的で小難しい
というようなところがあんまりなくて
物語にするっと入れる作品でしたね。
 2014_09_28



絵本 de 俳句

秋の空仰いでなつかしい青さ Sima

「くいしんぼうのあおむしくん」
作 槙ひろし
絵 前川欣三
出版社 福音館書店



タイトルは似てますが
エリック・カールの「はらぺこあおむし」
とは違います。
全然違います。
あらあらうふふなストーリーを
ポップな色彩で鮮やかに描き出すとか
全然違います。

表紙は
なにやらステキな街並を歩く
あお…
あおむし?

巨大な水色の何かに
ちょこんと乗った男の子。

この男の子はまさおくん。
あおむしくんの友達です。

あおむしくんはくいしんぼうで、
何でもかんでもどんどん食べちゃいます。

そして、
その度に食べた分だけ大きくなります。
すると、大きくなった分、おなかがすくわけです。

どんどん大きくなって、
どんどん沢山たべなきゃがまんできなくなって、
まさおくんのお父さんもお母さんも食べちゃって、
まさおくんの町も食べちゃって、
あおむしくんとまさおくんは
恐るべき飽食の旅に出ざるを得ないのです。

ブラックな絵本
トラウマを与えそうな絵本
と、
言われても仕方ない。

もうこの「あおむしくん」は
何かの幼虫としてのイワユル青虫ではなくて
「あおむしくん」という名の
何かなのです。

でも
ほっとするような
切ないような結末に
ほんわりとした読後感がひろがる
こともある
絵本だと思います。


 2014_09_28



今回の転載にあたって、
例によって
ちょっと調べてみたんですが、
私が読んだ四作の他に、
いくつか日本で出版されてるみたいですね。
でも
評判的には他の作品はイマイチ?
うーん。
「ラスコ」だけは
読んでおきたいと、現在のところは思ってます。




リチャード・ノース・パタースン「最後の審判」
新潮社

あ~っ、面白かったです。
読み応えのあるリーガル・サスペンスでした。

この作品は「ラスコの死角」(未読です)「罪の段階」「子供の眼」と
同一線上にある作品で、
前作、前前作にも登場した
謎めいた野心家の敏腕女性弁護士が本作のヒロインです。

大統領より合衆国控訴裁判所の判事に指名されれば、
あと一歩で念願の合衆国最高裁判所判事…
そして、大統領から指名が決定し、
野心の実現にまた一歩近づきつつあるキャロラインの元に
父親から
「厄介なことがおこった。帰って来てもらわなければ」
という電話がきます。

この20年、
会うどころか声も聞かなかった父からのその電話が、
キャロラインを、
過去のしがらみの未だ消えない
陰鬱なニューハンプシャーの片田舎へ帰郷させることになったのでした。

22歳のブレットは、
母の目を盗んで恋人と出かけた湖畔で
マリファナとワインに悪酔いし、
気がついたときには恋人の刺殺体を目の前にしていた。
そして酩酊状態の抜けないまま混乱し、
嘔吐と恋人の血を浴びた裸のまま警察に保護され、
状況証拠などから殺人の罪に問われている。

これが父の言った「厄介なこと」でした。
ブレットは、キャロラインの姪。
彼女の弁護を引き受ける事には様々なデメリットがあるのですが、
とりあえず代理弁護人として動き始めます。
が、
状況はキャロラインの目からみても、
ブレットが真犯人であると指しています。

ブレットの母親、
キャロラインの異母姉であるベティーとも、
父チャニングとも、
ある理由から反目したまま別れていたキャロライン。
その理由とは…。

ああ…。
家族の愛憎とスリリングな法廷劇、
この痛い重さ。
読み応えがありましたね。
「子供の眼」ほどの辛い痛さがないのは、
登場人物が全員成人だからでしょうか?

いや~、面白かったです。
すっごく面白かった。
(2002年12月16日)



リチャード・ノース・パタースン「サイレント・ゲーム」新潮社

これはかな~りヘビーでした。
すごく面白かったけど、
重かった~~。

高名な刑事弁護士トニー・ロードは、
ある夜、
高校時代のライバルであり親友でもあったサム・ロブの妻スーから
電話で助けを求められます。
故郷レイクシティの高校で教頭をしているサムは、
教え子の女子高校生マーシーと関係を持ったあげくに、
彼女を殺害したという疑いをかけられているというのです。

トニーには、
いまだに拭えない辛い過去がそのレイクシティにあります。
17歳、フットボールチームのクォーターバックで英雄だった彼は、
恋人アリスンと初めて関係を持った夜、
アリスンを殺害したとして無実の罪を着せられそうになったのでした。

その事件では
連続暴行魔の黒人の男が真犯人だったとされましたが、
この真犯人とされた男は別件で射殺されてすでに死亡、
レイクシティでは、
アリスンの両親など、
未だに真犯人がトニーではなかったかと思っている人々も多いのです。

リチャード・ノース・パタースンの作品はどれも、
ものすごい重みがあります。
それは、
ひりひりするような共感と
濃いドラマの所為でしょうか。

緊迫感のある法廷劇もスリリングですが、
それ以上に法廷外のドラマの濃さがすごいんです。

回想として語られる17歳の時の事件も、
単なる過去のものではなく、
前途有望なヒーローだった青年が直面した
絶望的な孤独感と困惑、
無力感などがじっくりと描かれます。
観客席からの
「人ごろし」コール
の場面は、
読んでてまじに辛かった~~。

そして、トニー、サム・ロブ、スーの三人の関係も緊張感がありました。

いや~、どっと疲れきってしまったけど、
大満足な作品でした。
(2003年4月26日)


 2014_09_27




三 新傾向の発見(明治四十年~四十二年)
 俳論「俳句界の新傾向」その一

俳句に、
アエテの無季や、
破調を越えた自由律、
ルビ俳句などをもたらした
(と、いうと語弊があったりする?)
明治の終りから大正に俳壇を席捲した「新傾向俳句」
これのきっかけになったのが、
明治四十一年二月に、
大須賀乙字が発表した俳論「俳句界の新傾向」なわけです。

もちろん、乙字も、碧梧桐も、井泉水も、
明治の頃には、そこまで「進化」するとは考えてなかったと思います。
うん、
夢にも。

明治四十一年、
三井甲之の所属する根岸短歌会は、
前の年に廃止した機関誌「馬酔木」に代って、
「アカネ」を新たに発行します。

もともと根岸短歌会は、正岡子規が始めた歌会だったらしいですが、
この当時のトップは伊藤左千夫。
「アカネ」の誌名も伊藤左千夫がつけたんだとか。
とはいえ、間もなく伊藤左千夫と三井甲之は別れることになって、
伊藤左千夫は「アララギ」を新たにつくるんですけどね。
伊藤左千夫伊藤左千夫と繰り返してしまって
なんだかウルサイ感じになっちゃってすみません。
わたしもそろそろゲシュタルト崩壊寸前です。

乙字は甲之の親友なので、もちろん「アカネ」側。
でもしかし
「アララギ」派の斎藤茂吉も、
乙字と非常に深く親交があったんですよね。
酒飲み友達だったとか。

ちょっと話を戻して
明治四十一年二月に出された、この「アカネ」創刊号に
「俳句界の新傾向」が掲載されたわけです。

次回は、その「俳句界の新傾向」について。

 2014_09_27



作者のリチャード・ノース・パタースンは、
作家兼弁護士なんだそうです。
ウォーターゲート事件では検察官との連絡交渉役をつとめたとか。

今更ながら
ほほーっ
と、目からウロコでした。
なるほどなるほど。




リチャード・ノース・パタースン「子供の眼」新潮社

ううっ、面白かったです。
おすすめ~。
児童虐待入ってて辛いんだけどね。

利己的で生活力のない夫リッチーとの離婚を望む新進弁護士のテリ。
しかしリッチーは離婚の条件として
幼い一人娘エリナの監護権と
それにともない養育費として年収の40パーセントを要求している。
泥沼の監護権争いの最中、
リッチーが自殺めいた死に方で発見された。
一度は自殺と思われていたが、
やがてテリの上司であり、
現在の恋人であるクリスにその容疑がかかる。

まずそこまでのストーリーがめちゃくちゃ重くて怖いの。
リッチーがテリとクリスにしかける嫌がらせの数々。
娘のエリナやクリスの息子カーロまで巻き込んで、
ふか~~い傷を負わせてしまうんですよね。
幼いがゆえに
精神的な変調をきたしてしまうエリナが痛々しいの。

そして、
リッチー殺害の裁判。
スリリングですごく読ませてくれます。
単にリアルな法廷闘争の過程を追ってるだけじゃなくて、
その進行に伴う
クリスとカーロの親子関係や
テリとの恋愛関係の揺れがしっかりと描かれてます。

エリナの、
カーロの、
子供時代のテリの眼に映るものとは…。
読後にタイトルの持つ重みをじわっと感じます。
(2001年6月1日)


「罪の段階」新潮社

この前読んだ「子供の眼」の前作という位置の作品です。
いや~、
作品を逆行して読んで行くと、
「コイツってこうなるんだよな~」
なんて、
まともに読んでるとわからないような感慨があったり、
次の作品の伏線がきっちり張ってる事に驚いたり。
で、
かなり面白かったです。


弁護士クリスに
有名なテレビキャスターであり、
かつて「ラスコ事件」で共に戦ったメアリから電話があり、
有名作家マーク・ランサムからレイプされそうになり、
誤って射殺したという。
かつてクリスと関係を持ったメアリは、
その後、息子カーロをもうけたが、
別れて長い間没交渉であり、
カーロも幼い頃にクリスに引き取られて以来、
母親と会ったこともなかった。
メアリを守るためというより、
息子カーロを守るために、
部下である女性弁護士テリとともに
クリスは正当防衛の線で弁護を引きうけるが、
メアリの供述には矛盾が多く、
しかもクリス自身
メアリが真実を語っていると信じられる確証がないのだった。
やがて少しずつ明らかになる事件は
多くの人の秘密をはらんでいた…。

この後の作品を既に読んでたから言えることなんですが、
クリスのパートナーであるテリの家庭の危うさが
ぽろぽろ垣間見えるのが、
なんか異常にドキドキしてしまいました。

法廷劇の方もスリリングで、
一度読み始めたら止まらなかったです。
(2001年7月3日)




さて、この二作、
本文中でもちょっと触れてますが
「ラスコ事件」を書いた「ラスコの死角」というのが
このシリーズの最初で、
全部で四部作ということです。
ちなみに、「ラスコの死角」
結局まだ読んでなかったり。
 2014_09_26



金曜日は、
ちょっと面白いかも
と、思う本をポツポツ紹介していこうと
思い立ちました。


今回は
シオドー・スタージョン「原子力潜水艦シービュー号」
創元推理文庫から1965年に出たもの。

これは、本文中でも触れてますが、
「地球の危機」なる映画のノベライズなんだそうです。
Wikiによりますと、
その後「原子力潜水艦シービュー号」の名前で、
1964年から4シーズンにわたって110話のテレビシリーズが作られ、
日本では、
第1シーズンが1964年から、それ以降のシリーズは1967年から
放送されたそうですが、
わたしは見た事がないので、内容についてはなんともいえません。

この感想を書いて当時のブログにアップした時、
スタージョンの別の映画の原作についてコメントがあって、
「殺人ブルドーザー」の原作「キルドーザー」について
教えてくれた方がありました。

映画「殺人ブルドーザー」は、
「地獄のデビルトラック」を越えるおもしろバカっぽいB級で
けっこう好きだったんですが、
実はこの映画の原作脚本を、
26歳のスタージョンが手がけたのだとか。
金に困って9日間で書き上げた中編、
と、教わりました。

が、結局「キルドーザー」に出合えなかったんですよね。
しかも「地獄のデビルトラック」はDVD化してるのに、
「殺人ブルドーザー」はしてないし。

スタージョンの書いたもので
他にちょっと面白いなぁと思ったものは
「シェイユートの保安官」というウェスタンものの短編。
「キルドーザー」には出合えなかったけど、
それを探す途中で見つけたものの一つです。

で、「キルドーザー」探しをやめてすぐぐらいになるのかな?
2006年に「地球の静止する日」というアンソロジーに
収録されたみたい。
なんてこったい。




シオドー・スタージョン

原子力潜水艦シービュー号

創元推理文庫 井上勇訳

アメリカ海洋調査局の原子力潜水艦シービュー号。
偉大な科学者であり、発明家である
ハリマン・ネルソン提督が作り上げたこの稀有な潜水艦は、
その建造費を、ネルソン提督の資産、特許料、
数百万の中小学生たちの資金援助によってすべてが賄われており、
海軍所有の艦ではないものの、
連邦政府の艦である。

シービュー号は、
ネルソン提督を司令官にして、
若き艦長リー・クレーン、チップ・モートン副長、
海軍中佐で生物学者のエメリー、
そして、
海洋調査局の最高幹部のクロフォード、
バーカー下院議員、
精神病学者のスザン・ヒラー博士らを乗せて、
最終的試験航海へと出発した。

しかし、
その潜航から十日ほどたったある日、
あわや氷山との衝突という
ありえない危機に見舞われる。

一体海に何事が起こったのか。
しかしそれはただ海の異変というだけではなかった。
地球が火の帯に取り巻かれていたのだった。

現状の確認のために浮上した北極は、
かつてあった厚い氷原を浮氷へと変えていたのだった。

そして、
そこに取り残された一人の男と一匹の犬を救助した。
なんとかラジオで連絡の取れた
海洋調査局のバーゲン特別官によると、
五十時間前にそれは突然起こったのだという。

平均三百マイルの高度にある
長さ二万八千マイル、幅千マイル、
厚さ百五十マイルの謎の火の帯。

国連の緊急集会に呼ばれたネルソンは、
この火の帯を消し去るための唯一の手段を発表するが、
「火の帯はそのうち自然消滅する、
ネルソンの説いた手段は逆に人類に害をなす」
とまっこうから反対する見解を出した科学者がいた。

半ばだまし討ちのように
シービュー号は人類滅亡から救うために出発するが、
国連はシービュー号を撃沈するために追撃を開始するのだった。

むむ。あらすじがちょっと長すぎたかな。

名前表記はちょっと違いますが、
幻想的なSFというイメージの強い
シオドア・スタージョンの作品。

うは~
意外意外と言う感じの海洋ロマン(?)SFです。
しかしちと古臭い。
嗚呼、これこそ古典的SFスピリッツ!
とぶち上げたくなる様な、
時代を感じる作品なんですが、
解説によると、
これはもともと
「地球の危機」という映画のノベライズなんですって。
どうもこの映画の方は
本書と比べてイマイチな出来なようですが。
で、
その後TVドラマ化されたということで、
なんだか変則的な歴史があるみたい。

でも、なかなか面白かったですよ~。
ただただ地球を救うために
追っ手をかわしながら目的へむかって潜航するシービュー号、
というのではなくて、
やっぱりこの艦内で
さまざまなドラマが繰り広げられるわけです。

たとえば、
海底電線を使って、外界と電話で何とか交信をしようというくだり。
深海へ一人潜るクレーン艦長が着るはずだった潜水服に、
何者かによって刃物の切り込みがされていたのです。
もしも事前に気が付かなければ海の底で艦長は死ぬところ。
一体誰が?
とか、
北極で救出した男の
謎めいた不思議な神懸り的な言動に影響される乗組員たちとか。

ミステリ的な味わいも楽しめますし、
乗組員たちの次第につのる不安やいらだちなんかも
巧いなぁという感じ。

難を言えば、
どうも訳が良くない気がします。
古くさい訳ってだけでなくて
(それならば、それの味があるので嫌いじゃないんだけど)
どうも日本語として文章がおかしい箇所がいくつかあって、
ちょっと読みづらいものになってる感じ。
面白かったので、
是非新訳で現在のスタージョン祭の神輿にこの作品も乗せて欲しいなぁ。
(2005 6月)




訳がどうのとか
こんなヒドイ文章書きながら何いってんだか
という感じで
ちょっと恥ずかしいー。

 2014_09_26




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