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トーマス・オーウェン「黒い玉」

「ベルギーの幻想派によるひと味ちがう不気味な物語14篇」
と言うことです。
ラテンアメリカの
濃厚で詩的な幻想と恐怖の短編が大好きな私にとっては
ちょっと薄味かなぁ…
と言えないこともないんですが、
薄味の恐怖感とか薄味の不安感が、
これまたなんともいえない薄味の余韻を残してて、
これはこれで面白かったですね。

表題作の「黒い玉」は、
微妙な不思議感が好きかもしれない。

あと、
公園であるとき、
夕暮れにそこを通りかかった女性が襲われたことから、
公園へ行ってはいけないと言われていた少女が、
好奇心から公園へ散歩に出かけて…
という「公園」も、好きかも。
あと、
ちょっとベタかも知れないけど、
過去に少年の事故死に関係していた
車椅子の女性の元へ訪れた旅人の
「旅の男」も結構楽しめました。

ところで
この短編集に何度か登場する
「ひよめき」
って一体何なんでしょう?
体の部位なの?
(2002年11月6日)



↑この疑問に対して、
「ひよめき」が
赤ん坊の幽門のことだと
その後BBSで教えていただきました。
当時は感想をHPで書いてたんですよね。
そういえば、この本以降も「ひよめき」って言葉は見たこと無いかも。

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 2016_09_30




テッサ・デ ロー「アンナとロッテ」
日本テレビ放送網

ベルギーのスパに保養に来ていたロッテは、
そこでドイツ女のアンナと出会った。
過去二つの世界大戦の戦死者の石碑がたっている
ここでドイツ女と出会うとは。
しかし、
アンナがロッテの生き別れた双子の姉だとしって、ロッテは困惑する。
なつかしげに、うれしげに語りかけ、
とうとうと過去の話をはじめるアンナ。
ずっとオランダ人として生きてきたロッテには、
困惑するとともにそのアンナの言葉に苛立ちと嫌悪を感じるが……。

アンナとロッテは双子の姉妹だったが、
両親の死後、
アンナはドイツの貧しい農村のおじの家に引き取られ、
ロッテはオランダの裕福な親戚の家庭に引き取られた。
貧しい農村で過酷な労働を強いられて育つアンナは、
別れてから一度も連絡のないロッテを
病気で死んでしまったのかもしれないと思い込む。
しかし、実はロッテからの手紙は
いじのわるい叔母の手によって握りつぶされていたのだった。
ロッテも、何度手紙を書いても返事の無いアンナのことを、
ドイツの田舎で育ったために
野蛮人に成り下がってしまったのだと自分を納得させていた。
やがてドイツにアドルフ・ヒトラーという男が現われ、
そしてヨーロッパを、世界を戦争の渦が巻き込んでいった。
ドイツで家政婦として働くアンナにとって、
ヒトラーなど信頼の置ける人物だと思ったこともなかったが、
だからといってヒトラーがこの戦争で何をしたのかを知ることもなかったし、
それについて糾弾することもなかった。
ただ生きていくのに精一杯だった。
オランダのロッテは、ユダヤ人の恋人を収容所に奪われ、
その後もユダヤ人を匿いながら過してきた。
ロッテにとってドイツは憎むべき敵国そのものだった。

オランダの作家による、
数奇な運命と戦争によって翻弄された双子を描いた物語。
映画化もされたそうです。
というか、日テレから出版されているところを見ると、
その「映画の原作」として
日本で出版という運びになったということでしょうか?

なかなか日本人にとっては、
余計に考えさせられるところの多い、切ない作品ですね。
ナチス・ドイツへの憎しみの未だ色あせないロッテにとって、
幼い時に別れた実の姉とはいえ、アンナはドイツ女。
アンナが双子が別れて以来どんな生活を送ってきたのか、
どんな戦争体験をしたのかを語っても、
ロッテには「ドイツで生活していたひとりの女性」の体験としてではなく、
ドイツ人のいいわけ、と言う風にしか受け取れないんです。
いえ、時にしみじみと姉の辛さを思いやったり、
彼女の強さに感動を覚えたりするのだけど、
個人として共感することで
ドイツへの批判や恨みが鈍ると強く思ってるようで……。
切ないですよね。
たしかにアンナの話はロッテでなくても
イライラさせられるようなところがあります。
話が、というのではなく、
その話し振りというべきでしょうか。
でも、それは読者の本当の気持なんだろうか?
ロッテの嫌悪感が読者に反映されているのではないだろうか?
と思わずには居られません。

辛いなぁと思うのが、
「私たちは(ナチス・ドイツがどんな事をしていたのか)知らなかった」
というドイツ国民の言葉が、
オランダ人にとって、
そのままあざけりの言葉となっているというところ。
知らなかったが罪なのか、
この問題はとても重たいですね。
うーん、ずしりとした手ごたえのある作品でした。
(2005/7)
 2016_02_27




ギュンター・グラス「蟹の横歩き」
集英社

いや、すっごく面白かったです。

本書は、
第二次世界大戦末期、
史上最悪の犠牲者を出した
ヴィルヘルム・グストロフ号海難事件を軸にしたフィクションです。
このヴィルヘルム・グストロフ号事件というのは
架空の事件ではなく実際に起った悲惨な事件だったみたい。
でも全然知りませんでしたね。

ユダヤ人ダヴィト・フランクフルターによって暗殺された
ナチスのスイス管区指導者グストロフの名を戴いたこの客船は、
ソヴィエト潜水艦によって撃沈され、
九千名あまりの溺死者を出したのだとか…。

さて、
物語の主人公は、
このグストロフ号の生き残りの一人であった母を持つ、
さえない中年のジャーナリスト。
彼自身、
このグストロフ号の事件を体験しているのです。
当時母親のおなかの中で。

緻密に調べ上げられた事件の詳細が、
主人公の母の回想を軸に広げられるんですが、
本書の魅力は、
「事件の詳細」
よりも、
フィクションの部分にあるんですよね。

とりたてて主義主張のない、
さえないジャーナリストであり、
母からも妻からも息子からも見離された主人公が
いつしか注目するようになった、あるウェブサイト。
それは右がかった見地からの
ヴィルヘルム・グストロフ号に関するサイトでした。
そこには、
ヴィルヘルムを名乗るネオナチと
ダヴィドを名乗るユダヤ至上主義の二人の、
時に辛らつに、
時に親しげに交わす会話が繰り広げられています。

このサイトに、主人公は、ある疑念を抱くのですが…。

意外と、
いや本当に意外でしたが、
すごく文体が軽くて読みやすかったですね。
政治的な理由から
歴史の中に埋もれてきた悲惨な事件を元にした作品なんだけど、
それを、
どうだ~!
って出すのではなく、
不思議な重み(軽み)を持って描くなんて、
も~
ギュンター・グラスの老獪さには…イヒヒって喜んでしまう。
(2002年10月10日)

 2016_02_02




ギュンター・グラス「ブリキの太鼓」
集英社文庫

全三部作からなるグラスの処女小説です。
映画化されているので、
御存知の方も多いかも知れませんね。
赤と白の模様のブリキの太鼓のリズムと、
破壊的な高音の叫び声。

「そのとおり、ぼくは気違い病院の住人である。」

これは「ブリキの太鼓」の一番最初の一文です。
この一行から始まる狂気の物語が
「ブリキの太鼓」なんです。

3歳のときに、
これ以上成長することを拒み、
ブリキの太鼓を手にしたまま地下室に転落し、
それっきり成長の止まったオスカル。
彼の半生をつづってあります。

第一部は
4枚のスカートの下の祖父母の事、
魚中毒で奇怪な死を遂げた母のことなど、
幼年期の記憶。

第二部は
第二次世界大戦下のダンツィヒ。
94センチの身長の青年オスカルの前に
累累と積まれる戦争による死者たち。

第三部は
敗戦後の青年オスカルの
満たされぬ恋心、
名声、
そして殺人。

猥雑で悪意に満ち、
偏執な語り口によって綴られる長編なんですが、
これが、意外に読みにくくなかったりするんですよね。
げげってなったりはしますが、
少なくとも第一部については、
冒頭から物語にすんなり滑り込む事が出来るんではないでしょうか。

以降のグラスの作品は私にはとても難解に感じましたが、
「ブリキの太鼓」は夢中になって読んでしまいました。

 2016_02_01




レナーテ・ドレスタイン「石のハート」
新潮社

これは何と言うか非常に辛い本でした。
でも良い本でした。
ヒロインの痛みがありありと伝わってくるんですよね。
すごく引き込まれてしまいました。

30年前の惨劇によって、
両親と幼い弟を除いた兄弟たちを一度に失ってしまったヒロイン、エレン。
彼女は今再び惨劇の舞台となった我が家へ戻ってきています。
そこは惨劇の舞台でもあり、
平凡だけれども楽しい幼い日々を過した我が家でもあるのです。

30年前エレンと家族を襲った事件とはどういうものだったのか。
物語の序盤ではなかなか具体的に明らかにされません。
12歳のエレンと幼い弟だけが生き残った惨劇とは一体何だったのか。
何故それが起こってしまったのか。
その謎は、現在のエレン、事件前の少女エレンという視点が
折り重なって少しずつ読者に明かされていくのです。
その間に、
事件後のエレンのたどった苦しみの日々が織り込まれてるんですが、
どうもとにかく読者の同情を引く不幸なヒロイン像
とはならないんですよね。
泣かせるドラマチックな展開を排したストーリーと、
誰にも心を開かないまま生きているヒロインのためでしょうか。
読み進めて行くうちに、
エレンの周囲の人間に対して、
「ああっ!全然分ってない!」と
憤慨してしまうようなシーンが何度も出てくるんですが、
だからって簡単に同情という感情へは結びつかなかったですね。
いや、ヒロインが好きになれないというわけではなかったですが。
どう表現したら良いのかわからないんですが……。
少女時代の物語がすごく良くて、切ないんですよね。
子供時代をようやく離れつつあるエレンと、
ちょっと背伸びして大人と子供の間にいる兄と姉のエピソードが
特に印象的でした。
読者はこの後家族に大きな悲劇が起きるという事はわかってますが、
どこにでもあるような
家族の愛情に裏打ちされたさまざまなエピソードに、
少しずつ暗い影が差していく、
この緊張感にはすっかりやられてしまいました。

この作品かなり痛くて暗いのに、
不思議と重たい感じがないんですよね。
心の傷を負ったまま大人になったエレンに対して
作者がどういった先入観も与えないような描き方がされていたからでしょうか。
時間はかかるかもしれない、
引き攣れた跡は残るかもしれない。
でもきっと生き続けている内に傷は癒される。
そんな気持にさせてくれる本でした。
(2003年1月14日)




私調べマイナー度で、
なぜあの時こんな位置に甘んじる結果になってしまったのか。
今回もう一度チェックしたら検索結果が300未満という
高いマイナー度をたたき出した作家です。
一応「完全一致」で検索したんですけど、
たまたま何か別のものを拾ってしまったのかも。
なので、
もしかしたら、
もう一度全部調べなおしたら、
この作家がマイナー度第一位になる可能性が高いです。
恐ろしい。
まあ、マイナー度は実は高かったという作家ですが、
この作品はよい作品ですよ。

 2015_10_10




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