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ダイ・シージエ「バルザックと小さな中国のお針子」
早川書房

フランス発の中国人作家の作品です。
良かった~。

文化大改革の嵐が吹き荒れる1971年、
主人公の少年と羅(ルオ)は、
反革命分子の子として
再教育のため山奥深くに送りこまれます。
主人公の僕は17歳、羅は18歳。
主人公の少年の父は呼吸器科の医師、
母は寄生虫病の専門家、
羅の父は中国全土で知らぬものが居ないと言う著名な歯科医だったのです。
山奥の田舎で厳しい労働に明け暮れる中、
二人は村に唯一ある仕立屋の美しい娘、小裁縫に恋をします。

あるとき彼らは、
いまや禁書となっている西欧の小説を、
彼らと同じく再教育の為に連れてこられたメガネという友人が
隠し持っていることを知ります。
壮大な愛や冒険の物語に彼らはすっかり夢中になり、
これに刺激を受けた羅は、
小裁縫にバルザックの小説を語り聞かせ、
二人は次第に親密になっていくのですが……。

文化大革命の「下放政策」によって、
知識青年たちが田舎で、
農民による再教育を受ける
というのが物語の背景にあるんです。
が、貧しい村での厳しい農作業、
石炭の手掘りなど重労働に従事し、
衣食住は満足ではなく
羅は一時マラリアにかかったりするのですけど、
全然
辛かった悔しかった~の物語ではないの。
二人の少年の瑞々しい青春小説なんですね。
閉ざされた世界で、
二人の少年が物理的にも精神的にも
たくましく力を合わせて生きぬこうとする姿、
良かったです。
これは、絶対中高校生辺りにおすすめの一冊ですね。
(2002年5月3日)




しかし、
この場合、アジアに入れれば良いのか
フランスに入れればいいのか…。
とりあえず、アジアに入れておきます。

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 2015_02_02



ウィ・ギチョル「9歳の人生」
河出書房新社 清水由希子訳

小学三年の夏休み、
ペク・ヨミンの家族は
今までイソウロウしていた父さんの友だちの家から、
山のてっぺんにある家に引っ越した。
それは、
ヨミンが想像していたような山頂に建てられたガラスの城などではなく、
山の斜面に広がる貧民街、
いわゆる「山の町」の一番高い所にあるぼろ家だったが、
たしかにわが家だった。

貧しいけれどヨミンには
採石場で働く頼もしい父、優しい母、5歳の妹がいる。
そして、
遊び場があり、友だちがいて、学校がある。
そしてそこには
9歳の人生があるのだ。

楽しかったです。
主人公「ぼく」ことヨミンが
もう可愛らしくて可愛らしくて。

物語は、
貧民街に住む一人の少年の
9歳の一年間を描いたもので、
彼にとっての大きな出来事、小さな出来事、いろいろあって、
9歳の1年分成長する話なんです。
健康で明るくて物怖じしない性格のヨミンの主観で描かれるから、
端から見ると悲惨な出来事も、
軽やかにユーモラスに言葉になる。
で、
それが交じり合って、
ほのぼのと切ないわけですよ。

背景はとてつもなくシビア。
貧困はもとより、
孤児だったり
酒乱の父に苦しめられてたり。

姉とたった二人で暮らしているヨミンの友達キジョンが
またいとおしいんですよ。
口を開けば奇天烈な嘘ばかり。
ずるくて小心なところもあるし、
たった一人の姉を怒らせるようなことを懲りずにしてたりするんだけど、
どんどんいとおしくなってくるの。
いわゆる「健気」な少年ではないんだけど、
物語の終わる頃には、
ああ、なんて健気な子なんだろう
って切なくさせられるのね。

とにかく不思議な郷愁を感じさせる作品でしたね。
「場所」とか
「時代」とか
「生活」に対してではなく、
9歳のココロに懐かしさを感じる、というのかな。
けして作品自体は回顧的なものではないんだけど、
作者のあとがきにあるように、
29歳の青年のフィルターを通して
9歳の人生が描かれてるからそう感じるのかもしれません。

子供が読んでもいいんだろうけれど、
かつて9歳だった者が読むべき作品、
そんな感じがしました。
10歳でも、
30歳でも
40歳でも
50歳でも。

近所の人の死も、気になる異性のことも、友達との諍いも、
出会いも別れも等しく事件で、
等しく通過点で
等しく人生だったと思い出せる人達へ。
(2005年4月17日)

 2014_11_27




マイナー度22位です。
22位で、インドネシアです。
そう考えると、
いかに、フランス、カナダあたりの人気の無さにまた
考えが戻ってしまって、
ちょっとショックです。

以前書いた感想のところに、
書き忘れていたんですが。
本書の副題は
「鮫や鰹や小鰯たちの海」
なんとなく、
イイ感じ。




Y・B・マングンウイジャヤ「香料諸島綺談」
めこん

うん、
かなり面白くて、
物語にぐぐっと引き込まれてしまいました。

この作品はインドネシアの小説で、
1983年に出版されたものだそうです。
十六世紀末から十七世紀始めにかけて、
香料諸島に展開される諸国のパワーゲームが、
一人の正直者の船大工ミオティを軸にして語られています。

これがイギリスなどの作品だと
すっごくドラマチックに盛り上げられるのかもしれないけど、
かなり不思議な雰囲気……
人によっては
間延びしたような感じを受けるかもしれないぐらい
のんびりした雰囲気がただよってたりするのも
なんだかオリエンタルでしたね。
とはいえ、
愉快な感じではなくて、
総じて虐げられてきた小さな海の小魚たちの視点であるので、
物悲しくもあるんですが。
でも、
切迫した悲壮感はないんです。
口伝の昔語りを聞いているような、
臨場感と物語の距離感が同時にあるような不思議な味わいでした。

あ、
この作品には、
物語の間に書簡や学者のインタビューなどが挿入されてるんですが、
最後の書簡だけはちょっと困っちゃいました。
あれは無かった方がいいですね。
または、もっと簡潔な文章にするか。
あの軽さはすっごい違和感を覚えました。
うーん、最後にけちがついたような残念な気持です。
(2003年3月18日)




今、この最後の不満について、
思い出そうとしても、ちっとも思い出せないんです。
何がそんなに不満だったのか。
作品自体が面白かったことだけは
覚えているので、
時間が経てば気にならなくなる、
そんな不満だったと思われます。

 2014_11_08




金曜日企画
今回は莫言さんのえぐいやつ。




表紙からして
すでにえぐい。

莫言はモオウエンと読むそうです。
中国籍の作家としては初のノーベル文学賞受賞者。
それ以前に高行健が受賞してますが、
この人は亡命して、フランス国籍取得後の受賞なので。

この受賞に関して、色々批判があったみたいだけど、
わたしとしては
この賞が、政治賞でなくて文学賞ならば
受賞できて本当によかったと思ってます。


まあ、
今回紹介する作品について言えば、
ちょっと違うけど。




莫言「酒国 特捜検事丁鈎児(ジャック)の冒険」
岩波書店

うは~、
これが恐ろしく強烈でした。
えぐい!
えぐすぎる!!
「白檀の刑」は
物語が好きな方にはお勧めできるけど、
こちらはえぐいの苦手な方には絶対お勧めできません。
胸が悪くなるほどえぐいともいえましょう。

この作品は、
サブタイトルにもある丁鈎児(ジャック)が、
「酒国では市政を牛耳るボスたちが幼児の肉を食べている」
という情報から
酒国市へ潜入調査をする、
というハードボイルドタッチ(でもないけど)の物語と、
作家莫言と酒国市の作家志望の酒博士との書簡でのやりとり、
そして、
その酒博士が莫言に送りつける
酒国をめぐるルポルタージュとも
幻想小説ともつかない短編小説数篇で構成されてます。

最初は
丁鈎児の潜入捜査部分が物語の軸になって進むのかな…
と思ってましたが、
どんどんどれが軸なのか分からなくなってくるんですよね。
三つがぬたぬたと妖しげに絡まっていて、
どれが虚でどれが実なのか分からなくなって、
非常に不安感がつのるんですよ。
そこに持ってきて、
食用の幼児「肉童」だの、
全身鱗のはえた怪物少年だとか、
小人の大立者だのが、
酒と汚物にまみれた捩れた世界で登場してきて…。
あう~これは何の罠なんだ。
うひひ~。

あ~、面白かった
と、最後にしみじみ思う私なのでした。
(2003年10月22日)
 2014_10_31




イエ・グワンチン「貴門胤裔」


この本がというか作家が
わたし調べマイナー度拡大版で堂々の第一位になるとか
ちょっとありえなさそうですが、
こうなっちゃいました。
っていうか、本当はここに来る人では
絶対にないんです。
何故なら、
今、漢字名で検索かけたら
100万件突破してましたからー。
莫言とかは漢字で検索かけたので、
かなりヒット数がありましたが、
これもカタカナで検索すりゃ1000未満。

葉広キン キン(チン)の字が草冠に今という、
ワードでは保存してくれるけど、
メモ帳では保存してくれないコードの字だったのが
この結果になってしまったわけです。
どのぐらいの結果かというと、
作者名、「イエ・グワンチン」でグーグル検索すると、
なんとわずかに300弱しかヒットしない。
余計なお世話の、「もしかして」とグーグル様が申し出てくれた
「イエ・グワンチョン」を素直に検索すれば、
出て来るのは「ルー・グワンチョン」という人物の事。
誰だよ。
(え…「台湾版ハナレグミ!」なにそれ聴きたくなってきた)

ところがタイトル「貴門胤裔」で検索をかけたら
78000ヒット。
なんでしょうか、この違い。

ちなみに、
きもんいんえい
と、読みます。
貴族の血筋を引く者、みたいな意味でしょうか。




イエ・グワンチン「貴門胤裔」上下 中央公論新社

面白かったです~~。
もう、
すっごくすっごく。

夭折した清朝の詞人、納蘭性徳の
「采桑子」という長短句の
一句一句を各章のタイトルに据えた
ある貴族の一族の物語です。

清朝の初代皇帝ヌルハチの弟を祖先にした
金(ヂン)家。
それがこの一家。

金家の子供達、
男子七人、女子七人の末っ子で、
「ねずみっ子」と呼ばれて皆から可愛がられた
(と、言っても、一番近い七番目の兄とも親子ぐらい年が違うんで、
会ったことすらない兄弟もいるんですが)
舜銘が、
清朝崩壊から現代に到る激動の中国史の中で
翻弄される家族の姿を語ります。


膨大な登場人物の数にびびりそうになりますが、
実は結構気楽に読めるんですよね。

例えば、
男の兄弟は
上から老大、老二、老三……と成っていて、
女の兄弟はそれぞれ大格々、二格々、三格々と呼ばれてるんですよ。
実際の名前は
全員「舜」に金偏がつく名前なのでややこしいんですが。


第一章では、
美貌の貴人、一番上の姉の切ない生涯を華やかな京劇にのせて。
第二章は美しい京劇スターをめぐって始まり、
ドタバタした揚句、
痛々しさを持って幕を引くことになる、
二番目、三番目、四番目の兄の確執を。
第四章では、
袁世凱の執事の養子のもとに駆け落ちして
金家から絶縁された2番目の姉とその息子、
それに三番目の兄の物語が…と、
七人の兄弟や家族、
周辺の人々のことが語られて行きます。
その語り口は、クールにして暖かくてとっても心地良いんですよ。

章それぞれが短編小説のように始まって
短編小説のように余韻を残して終わるのもよかったな~。

川島芳子などのエピソードが、
あっけらかんと物語の中で語られてるのも楽しかったですね。
文化大革命の頃の混沌とした状況も
それぞれの章に大なり小なり登場しますが、
そこも興味深かったです。

底抜けに賑やかな家族内の京劇の情景で始まる第一章から、
清冽で細やかな調べの京劇の中の曲で始まる最終章まで、
どの章もよかったのだけど、
特に第一章と、幼くしてなくなった六番目の兄にまつわる物語の第八章、
そして切ない最終章の第八章がよかったですね。

そうそう、
書き忘れるところでしたが、
作者、イエ・グワンチンは清朝有数の貴族の末裔で、
西太后を大伯母にもつという人物。
どうやらこの物語は彼女の自伝的な作品のようです。
(2002年7月19日)




ちなみに、
ルー・グワンチョン、動画を探して聴いてしまいました。
ハナレグミかは意見の別れるところですが、
あー割と好きかも。
「風雨」というのを聴いたんですけど、
メロディーとかなんかなつかしい?
声はけっこう好みかも。

 2014_10_12




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