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パウロ・コエーリョ「11分間」
角川書店

あるところに、マリーアという売春婦がいた。
ブラジルの片田舎に生まれ育ったマリーアは、
自分が美しいことを自覚した少女だった。
高校を卒業して、洋裁生地の小売店で働きだした彼女は、
その店の店主が彼女に恋心を抱いているのも知っていた。
しかし、同意にマリーアの母のアドバイスも忘れてはいなかった。
「いい?美しさは長続きしないのよ。」
この言葉のおかげで、
彼女は店主に「いつか彼女と」と夢を見させながら、
その期待だけで給料を上げさせ、
さらに時間外勤務の手当までもらえるようになった。
そして2年後、
休暇を利用し、
貯めたお金で憧れだった町、リオ・デ・ジャネイロに行くことにした。
夢見がちで世間知らずのマリーアは、
そこでスイスの芸能プロデューサーにだまされて、
スイスの家族向けの歓楽街のダンサーとして働くはめになってしまうのだった。
言葉も通じない、寒い異国で、
彼女の世話を任された同じブラジル人の若い女はマリーアに言う。
「ここにいる女の子たちはみんな、三つのどれかを探しているのよ」
冒険・お金・結婚相手。
マリーアもそれを探していたが、
ここでそのどれかを見つけるのは大変そうだった。

タイトルの「11分間」とは、
娼婦として働き出したマリーアが計算したセックスに要する時間。
意味のない会話やダンス、服を脱いだり着たりの時間を除いた
正味の時間はたった11分間で足りるのだと考えるんです。
まあ、これは娼婦としての時間なんだけれど。
あっけらかんとスイスに渡り、
ダンサーから娼婦へと転身していくマリーアのしたたかさやドライさ。
その影に隠れたナイーヴで純粋な魂がほんわりと心を打ちました。

深く突っ込んだ哲学的会話や
ストレートな性描写もあるのに、
読後感は不思議にやさしくて、
大人のためのおとぎばなしのような感じを受けました。
(2005年5月12日)

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 2016_05_06




パウロ・コエーリョ「悪魔とプリン嬢」
角川書店

ふふっ。面白かったです。
山間の小さな町ヴィスコスに、
悪霊に取り付かれた一人の旅人がやってきます。
彼は、
人口300人足らず、若者はほとんど出ていってしまった
寂れるばかりの田舎町で、
ある恐るべき考えを試そうとしています。

持ってきた地金11枚を、
町のホテルで働く町唯一の若者である
シャンタール・プリン嬢に見せてこう告げます。
「一枚はここに埋めたままにしておく。
ここに金があることを知っているのは私と君だけ。
これがあれば君は自由に人生を謳歌できる。
盗もうと思えば盗める。
君は『汝、盗むべからず』の戒を犯すだろうか?
残り十枚の地金は、
これから私しか知らない別の場所に隠しておくが、
君はこれから町へ戻って、町の人たちにこう告げて欲しい。
一週間の期限の内で、町の誰かが死体になったら、
その十枚の金は町の人に差し上げる。
この金があれば町の住人全員が働かずに食べて行ける。
『汝、殺すべからず』の戒を破るだろうか?」

いや~、スリリングでした。
端的に言えば「善と悪の戦い」なんですが、
一方が善、一方が悪という図式には終らないんですよね。
ああ~結局どうなっちゃうんだろうって、
めちゃハラハラさせられました。
寓話的な物語ではあるけど、勧善懲悪の物語でもないので、
面白かったですね。
プリン嬢の苦悩がすっごく等身大でそこも良かったです。
(2002年11月23日)

 2016_05_05



今回はバルガス=リョサの、短い感想と長い感想を一つずつ。


バルガス=リョサ「継母礼讃」
福武書店

この作品、かなり気持悪くて怖いお話でした。
でも、面白かったですよ。
気持ち悪いと言っても、汚くはないの。どっちかって言えば綺麗。
そして、めっちゃエロチックなお話。

継母と継子の危険な愛を軸にして、
幕間に夫リゴベルトが浴室で行う儀式(耳の手入れ、沐浴、鼻の手入れ)と、
絵画とその背景を膨らませた逸話が挿入してあるんですが、
このリゴベルトの体の手入れがねっちりしてて気持ち悪いんですよ。

そして、ラストは……。
思わず背中が寒くなる怖さです。
(2002年1月21日)


マリオ・バルガス=リョサ「フリアとシナリオライター」
国書刊行会

18歳のマリオは大学に通いながら、ラジオ局で働く作家志望の青年だった。
当時ペルーはまだテレビが普及しておらず、
ラジオドラマが人気を博していた。
マリオが務めるラジオ局では、そのシナリオをキューバから買っていたが、
それには様々な問題があった。
テキストはキューバ訛りが強く、
毎回放送直前に声優やスタッフが
できるだけペルーのスペイン語に直さなければならなかったし、
船や飛行機でタイプされたシナリオが届く際に、
痛んで読めなくなったり紛失したりすることもあった。
そして何より高かったのだ。
そんな訳で、
ペドロ・カマーチョの才能を発掘してきたラジオ局の経営者は有頂天になった。
ボリビア人のペドロ・カマーチョのシナリオは、
ペルーのラジオ劇でたちまち人気を博すことになる。
エキセントリックな天才シナリオライターに
マリオはすっかり敬服してしまうのだった。

天才シナリオライターのペドロ・カマーチョの話を初めて聞いた日、
それはマリオがフリア叔母さんに初めて会った日でもあった。
彼女はルーチョ叔父さんの義理の妹で、
ボリビアから来た32歳の女性だった。
ちょっと前に離婚したばかりで、
ペルーに再婚相手を探しにきていたのだ。
「マリオちゃん」
18歳の、まだ成人しているわけではないけれど、
一人前の男に対してまるで小さな子供のように扱う身内の人間に
反発を覚えていたマリオだったが、
なんとなくこのフリア叔母さんと映画に行く約束などしてしまうのだった。

ああ~!とてもとても面白かったです。
寝食を忘れて読みたいような、ゆっくり楽しみたいような、
そして、早く結末が知りたくて
最後のページを覗き見したい誘惑と闘わなきゃいけないような本でした。

何度か映画に付き合ううちに、
だんだんフリア叔母さんに恋心を抱くようになるマリオ。
そのマリオの現実の物語の中に挟みこまれる
ペドロ・カマーチョのラジオドラマがまた面白くて読ませるんですよね。
結婚式で突然昏倒した美しい花嫁と泥酔して花婿を殺そうとする花嫁の兄、
無数の切り傷が刻まれた謎の黒人を逮捕した軍曹の苦悩、
少年時代のトラウマからネズミ駆除に執念を燃やす男、
女の子をひき殺した過去から不眠症になり、
やがて怪しい精神科医の手解きで社会復帰をめざす男などなど。
これらのとびっきり面白い物語が、
どれも「いかなる結末を迎えるのだろうか」と締めくくられてるのがまた…ズルイ!
と思ってしまうほど巧いんだよね。
私もこのドラマ劇を聞きたい!
って思わせるぐらいの引力があるんです。

ところが話はどんどん妙な方向へ。
ラジオ劇のシナリオが混乱してくるのでした。
以前の物語の登場人物がひょっこり顔を出す、
それは二つの物語をつなげるような登場の仕方ではなく、
ただただラジオを聴く人々を混乱させるような登場。
あっちの登場人物がそっちの物語の過去を背負って
こっちの物語に顔を出すというような。

そしてマリオの現実もだんだんと込み入ったことになってきます。
親戚縁者に極秘で付き合ってきた
フリア叔母さんとの恋がバレちゃって顔面蒼白に。
マリオの恋を応援してくれる親友や従姉妹、
ラジオ局の部下がまた個性的で良いんです。

喜劇的なドタバタと妖しく展開する沢山のラジオ劇の物語、
そして最後の最後をほろりと苦味をもって締めるなんて
もうこれは卑怯なほど面白い作品でした。

南米作家自体が拾い読み程度なので、リョサもまだこの作品が二冊目。
うーん、やっぱりコレはリョサの作品を
もうちょっと読み込んでおきたい気がしてきました。
(2005年5月23日)

 2016_02_19




フリオ・コルサタル「すべての火は火」
水声社

あ~、
コルサタルの読んでて頭がぐるぐるになっちゃうような、
独特の世界を堪能させていただきました。
やっぱり面白いです。

まず、本を開いて最初に出会う短編
「南部高速道路」にやられてしまいました。
主人公の男性が偶然巻き込まれた高速道路の渋滞。
何時になったら車は動くことが出来るのか?
この渋滞の理由は?
何もかもが分らないままじりじりと数時間が経ち、
一日が経ち、一週間が経ち、季節が変り……。
飢えと乾きをこの渋滞仲間たちとなんとかクリアしながら、
ただただ先に進める時を待ってる人々の物語なんですよ。

あと、私がうう~~んとうなってしまったのが、「コーラ看護婦」。
虫垂炎で入院した多感な少年と若い担当看護婦の物語で、
少年と看護婦をメインにして、
関係者たちの独白が切れ目なく続いていく物語なの。
少年の独白かと思ってると、
いつのまにか母親の独白に推移してて、
と、思うともはや語ってるのは看護婦だったりします。

この「コーラ看護婦」で思ったのが、
コルサタルの少年の心の内を描くのが上手いこと。
以前読んだコルサタルの短編の中でも、
実に屈託のある思春期の少年が描かれててう~んとうなりましたが、
ホントにリアル。
って、
私自身は一度も少年だったことはないので
実際リアルなのかどうかは勝手な判断なんですけどね。

表題作の「すべての火は火」にしても、
読んでると頭がぐるぐるしてくるんだけど、
すごくきっちり計算されたというシャープな印象が残ります。

それにしても、
いくつかのラテンアメリカ系の作品を読んで来ましたが、
本編よりも解説の方がめちゃめちゃ難解、
ってものが多いですね。
私のように単純に面白いか面白くないか
を判断基準にして本を読む人間には、
解説が難し過ぎます。
大概本編が終ってから載ってるのでそうでもないかもしれないけど、
解説を先に読んでたら、
ああ~難し過ぎて私には読解不能ではないだろうか……
って思っちゃうよって感じがします。
(2002年3月21日)

フリオ・コルタサル「通りすがりの男」現代企画室

10篇の短編と1篇の中編からなる短編集です。
幻想的な作品というよりは、
現実の世界でのもやもや~っとした何かを描いた
不条理っぽい作品が多い感じでした。
が、
最初にハッキリと言っておくと、
あまり面白さの良く分からない作品の方が多かったような気がします。
訳なのか原文なのかは分かりませんが、
どうも文章が読みづらい作品も多くて……。

本書の中で面白かったのは、
オカルトっぽい表題作の「通りすがりの男」、
『あなた』と『お前』を使い分けた不思議な感じのする文体で
母と息子を描いたビミョーな甘さのある
「あなたはお前のかたわらに横たわった」、
幼い少年の抱く母への恐怖の「ボビーの名において」など。
(2002年7月14日)

 2015_05_28




フリオ・コルタサル「遊戯の終り」
国書刊行会

うう~ん、よいです。
掴みどころの無い悪夢を文字にしたような
幻想的な怖い短編がぎっしりです。
読んでて、
言いようの無い不安感にさいなまれ始めたころに
ふっと切り落とされる様に結末がやってくる、
この感じはもうコルタサルならでは?

この短編集は三部構成になっていて、
第一部は6編、第二部は7編、
第三部は5編の作品が収録されています。

第一部は、ごく短い3編の掌編と、
それよりも長い短篇が3編。
「続いている公園」「誰も悪くはない」「河」
この3編は、それぞれ2、5、4ページほどの掌編ですが、
どれも落ちがびしっと効いてて印象鮮やかでした。
「続いている公園」は、
「局面の終り」(「海に投げこまれた瓶」)などを思い出させる
虚実が不意に交差してみせる瞬間が鮮やか。
青いセーターとの格闘の臨場感あふれる描写、
痴話げんかの後の男のモノローグと思わせて置いて実は……
という展開。どれも掌編ならではのばしっと決まった感がありました。
「殺虫剤」は、
庭の蟻を殺す殺虫剤と少年の仄かな恋心を描いた短編。
本書中でもこの作品は特に好きですね。
何ともいえない不安な予感を残すラストに惹かれます。
陰気なホテルに泊まる男と、
申し訳程度にタンスで隠された隣室と繋がっているらしいドア、
赤ん坊の泣き声。
「いまいましいドア」は何が不条理かって、
ラストの男の安堵めいた結論が一番不条理。
ある指揮者によってコンサートホール全体をヒステリー状態が襲う
「バッカスの巫女たち」も、かなり好きな作品。
恐るべき熱狂の後の思いがけない冷たさがまたイイ感じですね。

第二部は7編。
幻想的というよりも、現実の中でのズレ、
みたいなものが描かれた作品が多かったように思います。
具体的な事件とか。
「キクラデス島の偶像」は
キクラデス島で発掘された偶像の複製を作る男の狂気。
やっぱりラストの温度差が印象的です。
「信じてはもらえないだろうが、ぼくたちは不死の存在なのだ」
と始まる「黄色い花」、
書簡のやりとりで語られる
例年恒例の夕食会について描いてみせる「夕食会」、
これは最後までさらっと読んでから、
あわてて最初の書簡から確認したくなるようなつくりが面白かったですね。
なんとも無様で詐欺のような楽隊の演奏を聴いたルシオの話を語る男の
「牡牛」は元ボクサーの男の話。
当人のモノローグのようでいて、
時々混じる別の人格が誰なんだろうと思わせます。
ちょっと切ないような読後感がイイですね。

第三部は五編。
「水底譚」
亡くなったルシオの話から、
ルシオには話したことのある夢の話になった。
それは河の夢で、水死体が登場する。
月の光に照らし出されたその水死体は、
はっきりと顔を出していたはずなのに、
その顔がどういうものだったかが全く思い出せない……。
ねっとりした独白という形が微妙な不安感を増幅させる感じ。
「昼食のあと」
昼食のあと、
「あの子」を散歩に連れて行くようにいわれたぼく。
「ぼく」がなにやかやと世話をしてやっている「あの子」の
姿が見えてこないところが怖いような、
でもなんだか妙に甘酸っぱいような不思議な気持に襲われます。
山椒魚を見ていて、
その山椒魚と意識が入れ替わってしまった男の「山椒魚」も
かなり面白かったです。
人間としての独白と
山椒魚になった男としての独白が混ざり込んでいるのが、
うねうね感をかもし出してます。
でも「桃色の三角頭」って、
なんだか私の抱いてる山椒魚のイメージと違うなぁ。
(と、おもったけど、あとでこの山椒魚がアホロートルの
ことだと分かりました。いわゆるウーパールーパーね)




えと、
実はここで感想は終り。
2002年1月11日初読了で、簡単な感想を書いてアップしたあと
しばらくして、今度はもうちょっと詳細な感想を書こうとして
ここで力尽きたらしいです。
書けなかったとおもわれるのは
「夜、あおむけにされて」「遊戯の終り」の二作。
って表題作じゃん!
ちなみに
最初の感想は

どれもよいのだけど、特に青いウールのセーターを着ようと思って、恐るべき
結末に至る「誰も悪くはない」、庭の蟻を殺す殺虫剤と少年の仄かな恋心を描
いた「殺虫剤」、ある指揮者によってコンサートホール全体をヒステリー状態
が襲う「バッカスの巫女たち」、意識だけが山椒魚と入れ替わってしまった男
の「山椒魚」などなど良かったですね。

でした。


 2015_05_24




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プロフィール

Sima

Author:Sima
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