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アーレン・ロー「ナイーヴ・スーパー」
NHK出版

25歳の「ぼく」は突然生きる意味も術も失ってしまった。
両親と兄と、
平凡だけれども楽しく暮らしてきた25年が、
ふいに意味を成さないバラバラなものになってしまった。

それから、
兄が旅行に行っている2ヶ月間、
空いた部屋を貸してもらって、
引きこもる暮らしを始める。
「ぼく」と世界をつなぐもの、
それは遠くにいる一人の友人へ送るファックスと
時間に関する一冊の本、
そして子供用の玩具ハンマー&ペグ。

とても不思議な感触の作品でした。
主人公の青年が突然
前にも後にもいけない状態に陥ってしまったのは、
何か大きな事件があったわけでも何かの病でもないの。
兄のアパートで引きこもるといっても、
完全な引きこもりでもないし。

実はこの作品を読んでいたころ、
私はちょっと病気をして、
それで、行きたかったところに行く事が出来なくて
落ち込んでました。
やっぱり体調が悪いとどうしても気持も停滞しがちですよね。
なかなか気を取り直してってならない。
そんな折だから
この本はとてもじんわりと私をやさしくつつんでくれました。
何かに対して
ラストに明確な答えが出されるような小説では
当時の私にはヘビーすぎたと思いますが、
この本はそういうものが用意されてなかったんです。
「がんばらなくてもいいんだよ」とすら言わない。
そのあたりのほわほわ感が良かったです。
心身ともに健康な時に読んだら
また違う感想を持つのかもしれないと思うと、
どんな作品もやっぱり読み手次第で意味は変わるのかも知れませんね。
モノクロの写真集のような手触りの作品でした。

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 2016_04_23




セルマ・ラーゲルレーヴ「イングマルソン家の人びと」
けやき書房

この本の作者、
セルマ・ラーゲルレーヴはスウェーデンの作家、
女性初のノーベル文学賞(1909)を受賞した人で、
「ニルスの不思議な冒険」の作者と言えば分り易いかな。
ふと手にした本でしたが、
すっごく良かったです。

本書は、副題を「エルサレム・1」といい、
原題が「エルサレム」なんだそうです。
十九世紀後半のスウェーデンを舞台に、
一地方の豪農イングマルソン家の三代に渡る歴史と、
キリスト教、その原理主義運動を縦横に折り込んだ物語です。
一応三代と書いたけど、実際は二代と言った方がいいかもしれません。
何故なら一代目のイングマル・イングマルソンは
物語の冒頭からすでに故人なんですよね。
物語は
二代目の青年イングマル・イングマルソンが
苦悩しているシーンから始まります。
実は彼の妻は現在牢獄に居るんです。
意に添わぬ結婚などから精神的にダメージを受けた妻は
自分の赤ん坊を殺してしまったのでした。
その妻の出所を前にして、
彼はその妻に対してどう行動するべきか悩んでるんです。
愛しては、
いない。
彼の母親も、周囲の人々も、
みんな彼女を親元へ返すほうがいいと思っているし、
彼女の両親は彼女をアメリカへ行かせるつもり。
だけど、
彼女をそこまで追い詰めたのは……、
そして正しいキリスト教徒として行うべき道「神の道」は……。
イングマル・イングマルソンは亡き父に教えを乞うのでした。

第2章はそれから二十年余りたった1880年代。
その死の直前まで神の道を歩んできた
二代目イングマル・イングマルソンの二人の子供たち。
姉のカーリンは、
突然村の学校の校長ストルムに、
まだ幼い弟イングマルを預かってくれる様に頼んできます。
彼女の夫が酒に溺れていて、
幼い弟への影響を心配してのことでした。
第2章では、
姉カーリンの愛を、
やはりキリスト教を軸にして語ってあります。
そして物語は、
ある日突然村に
キリスト教原理主義「ニュー・エルサレム」を説く男があらわれたことから、
より不穏な空気に包まれて行きます。
「ニュー・エルサレム」は、その教えを信奉しない者を排除し、
信者のみでユートピアを築くというもの。
これって……
って連想がいく宗教団体がありますが、
その狂信的な彼らの行動と、
ただただ怒り呆然とするばかりのその家族の姿は
背筋が寒くなる思いがしました。
でも、
この物語はセンセーショナルな書き方がされてなくて、
うわーうわーって読み進めるというよりは、
しみじみイングルマンソン家のサーガを読む
という感じなんですよね。

この作品には続編がちゃんとあるそうなんですが、
どうも今のところそれが翻訳されて出版される
という予定はないみたい。
なのであとがきで、
ちらりと物語の主要人物たちのその後が紹介されてました。
でも、やっぱり続編が是非読みたいですね~。
是非是非どなたか翻訳して出版してくださらないかなぁ。
(2002年8月17日)

 2015_04_08




今回の金曜企画「老人」は
「ムーミン」シリーズでおなじみの
トーベ・ヤンソン。

彼女の作品は、やっぱり「ムーミン」イメージが強いと思うんですが、
筑摩書房から、「トーベ・ヤンソン・コレクション」として
全八巻出てて、
これがどれもいいんですよ。
ぴりっとした大人向けの作品ばかり。

で、今回紹介するのは、
その中でも特に大人……
というか老人の作品。
ちなみに、
通常のわたし調べマイナー度ランキング順でいうと、
さすがにトーベ・ヤンソンはランクが低くて、
紹介できるのは
ずっとずっと後のことになりそうです。




トーベ・ヤンソン「太陽の街」
筑摩書房

フロリダのセント・ピーターズバーグは老人達だけの小さな村。
そこでしずかに繰り広げられる晩年の屈託と諦観。
小さな願いと喜びと挫折を持ちながら、
憎み合い、寄り添い合って生きていく老人達の日常が、
哀愁と優しさに彩られて綴られてます。

実際にアメリカに
年金受給者が暮らす老人の町
「サン・シティ」ってのがあるってことは知ってたけど、
他にもあるらしいですね。
語弊を招く言い方だけど、
老人が自治する町があるなんて、
なんてアメリカ的な
前向きな能動的姥捨て山なんだろうって思ったけど…。
横を向いても後を見ても
老いと死が当たり前のように存在する場所で、
せめてもの矜持を高く暮らすって、
並々なら無いパワーが必要なんですねぇ。
うーん。

途中から登場するかつてのスター、
ティム・テラトンのエピソードがいちいち良かったですね。
彼がやってきてからの物語は
それまでの冗漫さが消えて、
のどかな中にも緊張があって
俄然面白くなってきたようなきがします。

物語早々に亡くなってしまう「ビハルガ姉妹」、
彼女たちの何にもしない自己完結した存在が、
死後にあたかも伝説のようになって、
物語の背景にいつもあるという感じが好きでした。

表紙のイラストの老女が、
こりゃ絶対北欧の婆さんだよって感じですが雰囲気が良かったですね。
なんとなく、絶対北欧の人だなって。
(2001年11月30日)

 2015_03_20




イサク・ディーネセンは、デンマークの作家。
「バベットの晩餐会」の他
「愛と哀しみの果て」(原作タイトルは「アフリカの日々」)が
映画化されてます。

デンマークの作家、と書きましたが、
この人はカレン・ブリクセンというのが本名の女性で、
アメリカで英語で発表した作品がイサク名義、
デンマークでデンマーク語で発表(あるいはリライト)したのがカレン名義
なんだそうです。




イサク・ディーネセン「バベットの晩餐会」
筑摩書房

「バベットの晩餐会」は、
結構前に映画になってて、
それを見たことは無いんですが、
大方のあらすじだけは知ってました。
でも「あらすじ」じゃあこの作品を味わえないんですよね。
面白かったです。

ノルウェーの小さな町の教会に
中年の二人の姉妹が住んでいます。
彼女たちは、
厳格なルーテル派の監督牧師の娘で、
彼らの宗派は、
この世の一切の快楽を悪と見なして断っているのです。
若い頃は二人とも美しく、
彼女たちに仄かな恋心を抱いた若者もいましたが、
とにかく二人は結婚することもなく、
この町で暮しているのでした。
父である監督牧師は既に亡く、
この町の信者たちも年をとり、
こらえ性がなくなり
お互いにいがみ合うこともありましたが、
ともかく今は亡き監督牧師の心が、
二人の姉妹のもとにはまだあるのだ
という気持は信者みんなが持っているのでした。

そんな姉妹の元に、
ある日、フランス革命から逃れてきた一人の女性が訪れます。
彼女は名をバベットと言い、
料理が得意ということ。
バベットは、その時から姉妹の元で家政婦として働き出します。

そして十四年の後、
彼女達の暮しに、とあるニュースがやってきます。
それは
バベットがフランスの富くじに当って、
大金を手に入れたというニュースです。
大金を手にしたバベットは、
この貧しい家政婦生活から立ち去ってしまうのではないか
と考え始めた姉妹に、
バベットは意外な事を切り出します。
それは
毎年開かれる牧師の生誕の日が100年祭にあたる日の祝宴の用意を、
自分の自由にさせてほしいというものなのでした…。

なんか、
会話がすっごくすくなくて、
ホント、
楽しみっていうものをあまり重要視してない、
貧しい上に質素な町の物語なんだなって思いました。
でも、なんか可愛かったですね。
姉妹の一人が、
バベットの祝宴の準備の中に海亀があるのを発見して、
フランスっていえばカタツムリ食べるってゆーし、
こりゃ何か恐ろしげなものを食べさせられるのかもしれない…
とおびえる訳です。
でも、
気持悪いし怖いから食べたくない!
というところに行かないんですよ。
悩んだ挙句に、
この会食に参加する人々を回って、
バベットの願いを聞き入れてしまったので、
もしかすると、
とんでもないものが食卓に出されることになるかもしれない
ことを打ち明けます。
それを聞いた信者達も、
え~、だったら食べたくない!
とは思わずに、
とにかく姉妹(とバベット)のためにも、何が出されても
とにかく食事については何も言及すまい
とみんなで話し合うんですよ。
…めちゃめちゃピュアで可愛らしい人々じゃありません?

この本にはもう一篇
「エーレンガード」という中編が掲載されてます。

こちらも、なかなか面白かったんですが、
なんか文体がすっごく回りくどくて
読むのにすっごく疲れてしまいました。
(2002年11月9日)

 2015_01_20




著者は、本文にも書きましたが、
父親がノーベル経済学賞を、母親がノーベル平和賞を受賞したという、
多分世界でも、非常にめずらしい人。

伝記的小説と紹介してますが、
著者ヤーン・ミュルダールによれば、伝記ではなくて私小説だということ。
でも、
ほぼ実名の私小説です。




ヤーン・ミュルダール「嫌われた子供」
晶文社

「嫌われた子供」は
すっごく不思議で、
ちょっと怖いお話。

著者ヤーンの自伝的小説。
父親は74年ノーベル経済学賞を、
母親は82年にノーベル平和賞を受賞という
スウェーデンを代表するエリート家庭に育ったヤーンですが、
両親と彼の関係はけして暖かいものでも
理解し合おうと歩み寄るものでもなかったのです。

父グンナルとヤーン少年との関係は、
客の前でしつこくヤーンが太っていることをからかう、
といったたぐいの言葉の暴力、
母アルヴァは、冷徹な観察者にすぎず、
「運動機能のあきらかな障害」などとノートにつけてはいますが、
彼の左目がわるくて
「字が逃げまわる」から字が読みづらいのは気づかなかった。
12歳になって、
やっとヤーンは自分で病院に行って眼鏡を作ります。

でも、
こういう辛い話ばっかりじゃないの。
幼い頃に預けられてた祖父母の家での愛情溢れる日々や、
彼等への変らぬ愛情、
5歳から10歳ぐらいの取り止めのない想像力や
やわらかい感受性など。
それがあるからこそヤーンの現在があるのか。
うーん。色々考えさせられる作品でした。
(2001年10月15日)




ちなみに、成長したヤーンは、
完全に両親と別れて中国に渡り、
その後、ジャーナリスト、作家となったらしいです。

 2014_10_15




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Author:Sima
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