ウィリアム・アイリッシュ「死者との結婚」

一枚の切符、五ドルの紙幣、そしてお腹の中にいる赤ん坊。
男に捨てられた女の持っているものはそれだけ。
しかも切符と五ドルは自分を捨てた夫が自分によこした最後のもの
ってのがつらいですよねぇ。五ドル……。
「本証券は公私ともにあらゆる支払いに当て得る法貨なり」
と印刷されている五ドル札と片道切符。
そりゃヘレン・ジョーゼッソンでなくても絶望しますわ。

とりあえず、ヘレンはいかにも薄幸の女然とした様子で列車に乗り込みます。
そのヘレンに親切にしてくれたのは、いかにも幸せそうな若い夫婦。
あれこれとヘレンを気遣ってくれる若い夫婦に
彼女の心も次第に和んでいきます。
化粧室で女二人こもって、お互いの身の上を語り合って、
相手の若い妻パトリスもヘレンと同様に妊娠しているのだと知ります。
そして、まだ顔も見たことのない夫の家族の元へいくところなのだと。
しかし二人が席へ戻ろうとした瞬間、
突然轟音とともに列車が転覆してしまったのでした。
そしてそのショックの中、ヘレンは一人で赤ん坊を産み落としてしまいます。
ここの辺りの表現がとてもあいまいなので、
ヘレンが助け出された時に
「あたし―赤ちゃんが生まれたんです」って言わなかったら
気がつかないところでした。(笑)

さて、助け出されたヘレンは、
病室が何故かひどくゴージャスなのに不信を抱きます。
現在自分の有り金がたった17セントに過ぎない女が
こんなよい待遇を受けるはずがない。
そりゃそうですよねぇ。
ヘレンはパトリスに間違えられていたのでした。
事故当時彼女の指には、
パトリスが化粧直しの間持っててくれと頼んだ結婚指輪が
そのままはめれていたから。

罪悪感と、生れた赤ん坊の未来への不安感にもまれながら、
ヘレンはパトリスとして生きる事にします。
パトリスも彼の夫も事故で死んでいたのです。
暗い未来しかなかったヘレンではなく
暖かい家庭が受入態勢を整えてくれているパトリスとして生きる、
それしか生れた赤ん坊のために出来る道はなかったのでした。
が、綱渡りではあるけど平穏で幸せな日々は長くはなく……。

うひゃ~ってほどねちっこい描写が緊迫感を高めてて、
ラストは、ええ~~ここで終りなのぉ~~という感じ。
読む側を弛緩させない張り詰めたムードがあります。
(2002年4月12日)

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 2016_09_29




ウィリアム・アイリッシュ「幻の女」

苦い気持ちで街に出ていたスコットは、
酒場で奇妙な帽子をかぶった女と出会います。
気晴らしに彼女を誘ってレストランで食事をしてカジノ座へ行き、
そのまま別れます。
そして、家へ帰ったスコットを待っていたものは
喧嘩をして家に残してきた妻の絞殺死体と、
スコットの殺人容疑だったのでした。
あっという間に犯人にされ、
あとは絶望の内に死刑執行を待つだけとなった彼でしたが、
彼を逮捕した刑事の意外な「君が犯人ではないかもしれない」という言葉。
刻々と迫る死刑執行の時までに彼の身の潔白は証明できるのでしょうか?
彼のアリバイを証明してくれるはずの奇妙な帽子の女はどこへ?

いや~~、面白かったです。
サスペンス部分も、真相が明かされる部分も面白かったですね。
スコットの若い愛人の女が行動力があってキュートだし。
「幻の女」ってタイトルだけ見たときは、
なんとなく暗いムードの作品かと思ってましたが、
死刑執行カウントダウンが始まる中の捜査にも関わらず、
語り口が軽くて、重過ぎない所も読みやすくてグー。



ウィリアム・アイリッシュは、コーネル・ウールリッチ。
コーネル・ウールリッチって聞くと、
なんとなくハヤカワポケミスを思い出しちゃうんだけど、
同じ人だったと知ったときは、
ちょっとへえーって思いました。
ジャンヌ・モロー、カトリーヌ・ドヌーブ、グレース・ケリー
古き良き時代のサスペンス映画の香りのする作家
というイメージがします。
(2001年11月19日)

 2016_09_28




カート・ヴォネガット「ガラパゴスの箱舟」

うん、面白かったです。

円とアメリカ・ドルだけがなんとか持ちこたえているだけ
と言う史上最悪の世界的な経済危機によって、
ガラパゴス諸島遊覧の旅「世紀の大自然クルーズ」は中止されかかってます。
が、そんな状態でも
ツアーに参加しようと集まっていた6人の男女は、
ホテル・エルドラドにほぼ足止め状態。

この物語は彼等プラス数人の人間が孤島サンタ・ロサリア島で、
人類滅亡後、新たな人類を繁栄させていくというストーリーです。

のっけから登場人物の数人の名前の頭に「*」マークをつけて、
彼等は「日暮れまでに死ぬことになる」人物で、
分かり易い様に読者に予告なんだって。
やっぱりヴォネガットは皮肉なユーモアが効いてるよな~って感じがしました。
ま、その日暮れまでに本の半分が使われるんですけどね。

前に読んだヴォネガットの「タイムクエイク」が、
面白いことは面白いんだけど何かゆるいな~って思えたんで、
この「ガラパゴスの箱舟」もそこまで期待はしてなかったんですけど、
結構面白く読めたんでよかったな。

そうそう、
伝説の(?)老SF作家キルゴア・トラウトの
息子なる人物が語り手となってるところも嬉しかったですね。

あとがきに「猫のゆりかご」との相似性の話があったんで、
「猫のゆりかご」の再読してみたくなっちゃったな。
こういう不意に再読したくなったときに家に本があると便利ね。
(2001年12月8日)



今回こちらに感想を転載するに当たって、
「タイタンの妖女」と続くことになって、
そういえば、と思ったんですが、
メアリー・W・ウォーカーの「神の名のもとに」で
「タイタンの妖女」の一節を祈りの代わりに口にする男は
ベトナム戦争での壮絶な過去があるんですよね。
本書の語り手であるトラウトもそうだったような。
まあ「神の名のもとに」は何度も読み返したのに対して、
こちらはまだ読み返したことがないので、
イマイチ記憶が曖昧ではありますし、
ベトナム帰りの登場人物にそうじゃない人もいなさそうではありますが。

 2016_09_27




カート・ヴォネガット・ジュニア「タイタンの妖女」

わたしのようにSFを読んでいて小難しい用語の説明なんかがあると
すっ飛ばして読んでしまう人間にとっては
すっ飛ばす箇所のあんまりないところも嬉しいSFです。
逆にとっぴすぎる展開に拒否反応を起す人もあるかもしれない、
ある意味不親切な作品とも言えるかも。
事象に対する説明があまりにも少ないんだもの。
いや、説明は多すぎるかも知れないけど、
読者に基本の知識が必要ないような説明というか。
まあ読んでりゃおいおいわかる事もありますが。

かつて
「火星から二日の距離にある、星図に出ていない、ある時間等曲率漏斗(クロノ・シンクラステイック・インファンディプラム)のまっただなかへ、自家用宇宙飛行船でとびこんでしまった」
ウインストン・ナイルス・ラムファードは、
この九年間五十九日ごとに「実体化現象」を起して、
妻だけが残されてる屋敷に実体化するんですが、
万人がちらりとでもこの稀有な現象を見たいと願っているのにもかかわらず、
ほとんど誰もそれを拝める人間はいないんです。
群衆は現場近くに集ってのっぺりした塀を見つめて想像するのが関の山。
それでもみんな集ってくるんですよね、物欲しそうに。
このあたり、冒頭から作者の悪意が見えます。

ある時、珍しくこの実体化に一人の男が招待されます。
男は享楽的な大富豪マラカイ・コンスタント。
実体化したラムファードから、
火星でラムファードの妻と番わせられ、子をもうけ、
水星、地球を経てタイタンへ趣く運命にあると告げられます。
なにもかもラムファードの手の内で翻弄されるコンスタント……。

人類への皮肉に充ちたブラックな味わいです。
ブラックはブラックでもジョークの方のブラックという感じ。


そうそう、
私の大好きなメアリー・W・ウォーカーの
「神の名のもとに」に出て来る
「タイタンの大気は、地球の春の朝、パン屋の裏口から漂う空気のようだ。」
という一節、
こちらと訳し方が微妙に違うんですよね。
出来れば統一してくれたらよかったのになぁ。



以上の感想は、多分2001年以前に読んだものを、
2001年ぐらいに書いたものと思われます。
今だと違う表現をするかもなぁって気もしないでもないですね。

 2016_09_26




アンジェラ・カーター「ブラック・ヴィーナス」
河出書房新社

本書はアンジェラ・カーターの自選による短編集です。
アンジェラ・カーターというと、
長編「夜ごとのサーカス」「ワイズ・チルドレン」がとてもすきなんですが、
短編の方はどうもやっぱり私と相性が悪いようで残念です。
嫌いじゃない、というか好きなテイストの作品も多いのだけど、
ごてごてと飾りつけた饒舌さがどうも気になるんです。
体のどこかがむずむずするような…。

表題作「ブラック・ヴィーナス」は
ボードレールの褐色の肌の愛人の物語。
「哀しい、哀しい、サンドピンクにけむった、八月も終わりの夕べ、心をえぐり取られるような哀しさ。空一面を覆った雲の紗布(さふ)を切り裂き、射しこむ薄日、街は憂いに満ち、いいようのない苦い悔しさにさいなまれる。」
と続くこの出だしでいきなりうっと躓いてしまいました。
この他、エドガー・アラン・ポー、リジー・ボーデンなど、
実在の人物を下敷きにした作品がいくつか収録されてますが、
どうも読後にもやもやっとするものばかり。
何も響いてこないのが、逆に不安にさせられました。
理解出来ない私の感性が駄目ですか?みたいな感じで。
うーん、
ネームバリューのあるそれらの名前を出さずに、
一人の女、一人の男としてそれぞれがかかれていたら、
また違った感想になっていたかも知れないなってちらっと思いました。
あと雰囲気たっぷりのさまざまな措辞を半分削ってくれたら…。
白人女性がアメリカインディアンのある部族の一員となる
「わが殺戮の美女」も、なにか一つむずがゆい感じ。
あとがきには「マジック・リアリズム」という言葉があったけれど、
なんだか違うような気がしました。
ああ!こう、もっと「言葉」に酔って頭がぐるぐるするような…。
って、私の言葉もひどいものですが。
既存のイメージを引きずらないで読めた
「キッチン・チャイルド」は本書の中で一番素直に楽しめました。
(2005年4月15日)

 2016_09_25




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Sima

Author:Sima
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